虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑥

3月13日続き
ヌーディストと対面
 手持ちのおおざっぱな地図によると、ブンブン・タビンまでは、テンベリン川の支流であるタハン川沿いの道を3.1キロ。たったのキロの水辺のプロムナードじゃないか。楽勝、楽勝。そして木道を歩き始めて1キロ地点。川遊びができる天然のプール「ルボック・シンポン」(LUBOK SIMPON)への分岐点にたどり着いた。下を覗くと、水着で川に浸かっている人たちが何組か。
 「ちょっと早いが、少し休憩して体を冷やすか」。すぐに休みたがる昆虫記者である。「ビキニ姿の女性もいて、目の保養にもなることだし」。すぐに誘惑に負ける昆虫記者である。
イメージ 1

 いったん木道を外れて、タハン川へと下る。「水辺には蝶もいるはずだ」と言い訳する。
 いた。きれいなのが一匹。と思ったら、蛾だった。トラシャクの仲間で昼間に活動するやつだ。
イメージ 2

 久しぶりに出会った。そんじょそこらの蝶より、ずっときれいな蛾である。これは幸先がいいぞ。ゆっくりとトラシャクに近づきながら、一枚、また一枚と写真を撮っていった。
イメージ 3

イメージ 4

 そして、トラシャクまでほんの数十センチまで迫って、会心の一枚を撮り終え、ゆっくりと顔を上げたその時である。

 「おお、ヌーディストだ」。目の前に、燦然と輝く人間の裸体が一つ。トラシャクに気を取られていたので、近くの木陰で仁王立ちになっていたヌーディストが全く目に入っていなかったのだ。

だが、残念なことに、今回出会ったヌーディストは男性が一人だけ。しかし、なかなかに鍛え上げられた肉体だ。だからこそ、大衆の面前に、誇らしげに股間を開陳しているのだろう。この先には水辺に蝶の群れる夢の光景があるのかもしれないが、これ以上男性に近づくのは危険だ。むやみに接近すれば、「お前も脱いでみろ」とか言われる恐れがある。昆虫記者は、脱いでも誇らしげに開陳すべきものは持ち合わせていないのだ。
全裸男性はこうした近寄りがたいオーラを放っていたので、今回はここで前進を断念せざるを得ない。ブンブンへの木道に戻ることにした。
 
◇ブンブン・タビンへの果てしなき道
 あとキロちょっと。こんな感じなら朝飯前じゃないか。って、もう朝飯は終わっているから、昼飯前じゃないか。
 しかし、甘かった。そこから先が、山越え谷越え。まるで上級者向けフィールドアスレチック状態。しかも、誰一人歩いていない。一人ぼっちのフィールドアスレチックは楽しくない。つらいだけである。
イメージ 5
 美しい木道の風景。だが、誰一人歩いていないので、だんだんと不安になってくる。

たかが虫撮りとは言え、ジャングルに入るための装備は、かなり重い。重装備でのフィールドアスレチックは、まるで軍隊の教練である。
まず、生き残るためにどんな装備が必要なのか考えてみよう。大量の水と食料、懐中電灯、虫除け、ヒル除け、雨具、水中歩行用のゴム靴。さらにはサバイバルナイフなどの武器、遭難信号を送るための発煙筒、毒蛇に噛まれた時用のポイズンリムーバー、獲物を仕留めるための吹き矢、虎に襲われた時用のバズーカ砲などなど。とても全部は持っていけない。
そんな重装備では、石川啄木ではないが「そのあまり重きに泣きて、3歩歩まず」絶命してしまうだろう。軽快に歩ける装備と、万が一に備えた重装備の間の、絶妙なバランスを考えなくてはならないのだ。しかし、ジャングルの中で、絶世の美女でしかも独り者のハイカーにであう可能性だって、全くのゼロではない。だから、制汗スプレーとか、脂取り紙とか、整髪料とか、身だしなみを整える小物も必要かもしれない。ファイト一発型の元気ドリンクも、いざと言う時に必要だろう。虫捕りの装備の選別は、葛藤の連続なのである。
そんな夢想にふけっている間にも、道はますます険しくなっていく。水辺のプロムナードなんて、うそっぱちじゃないか。でも、そのうそをついたのは、自分自身なのだから、誰も恨みようがない。
 
◇崩れ落ちる木道
そして「ドドーン」。体重をかけた瞬間、木道がメートル四方ほど崩れ落ちた。その上を歩いていた人間もいっしょに転げ落ちる。
イメージ 6

死んでいてもおかしくない事故だ。少なくとも、足の骨ぐらい折っていてもおかしくないぞ。そして、この道は誰も歩いていない。助けが来る前に、白骨化してしまうかもしれない。高温多湿のジャングルでは、物が朽ちていくスピードは極めて速いのだ。そんな恐怖に震えながら、地面に打ち付けられた足をさすってみる。かすり傷程度しかない。やはり昆虫記者は不死身だということを、改めて確認したのである。
崩れ落ちた部分を調べてみると、木道と言っても、木製ではないようだ。強化プラスチックのような板の下に鉄骨を渡してある構造だ。鉄骨が腐食して、折れてしまったようだ。
気を取り直して、さらにしばらく進むと、木道の上に、大木が倒れ込んでいる。まあ、ジャングルではよくあることだ。だれか一人ぐらい、下敷きになっているかもしれないが、他人のことなど気にしてはいられない。
イメージ 7

木道の上に積もる落ち葉が多くなり、木道が見えないくらいになる。本当に人が通らないんだなーと感慨にふける。すると、本当に木道が見えなくなった。落ち葉に隠れたのではなく、その存在自体がなくなったのである。ここから先は、ただの山道らしい。
 
イメージ 8

イメージ 9

◇ゲリラの機銃掃射
さらに山あり、谷ありのジェットコースター風の楽しい趣向を凝らしたコースが続く。木道はないから、木の根が階段代わりだ。もちろんちゃんとロープが垂らされており、崖のような道を、ロープにつかまって上ったり、下ったりできるようになっている。これって、修験道の道場?しかもロープ、切れかかっているし。
イメージ 10

イメージ 11

突然「ダダダダダダダ」と機銃掃射を浴びた。ゲリラ組織が裕福な日本人観光客をターゲットにしているのか。「この日本人は例外で、超貧乏だぞー」と叫んでも容赦はしてくれないだろう。銃撃は樹上からだった。ゲリラは木にも登れるのか。黒ずくめの体に赤い帽子。そして、羽がある。羽…。なーんだキツツキだ。
イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

大型のキツツキが連続して木を叩く音が、機関銃のように聞こえたのだ。しばらくすると、今度はホウホウホウと、テナガザルの声に囲まれる。「柔道段、空手6段の俺に戦いを挑むとはいい度胸だ」とかホラを吹けば、東洋の神秘に弱い外国人は逃げ出すかもしれないが、サルの群れには通じないだろう。たちまち連れ去られて、猿の惑星のように奴隷にされてしまうだろう。
しかし、サルの群れは、昆虫記者が、奴隷にしても全く使い物にならない虚弱体質と見抜いたらしく、あざけりの遠吠えを残して去っていった。
そんな恐怖体験のさなかにも、小さな昆虫に気を配るところが、さすが昆虫記者である。
草の葉の上にはツノゼミ。まあ、ありきたりの形のやつではあったが、それでもちゃんと写真を撮ってやる心の広さを見せつける。
イメージ 15

イメージ 16

蝶もタテハ系が少しだけ姿を見せた。
イメージ 17
  フチグロミナミヒョウモン

イメージ 18
 チビイシガケチョウ

さらに何度か、ロープによる健康増進運動を行った後、ついにその時はやってきた。ブンブンにたどり着いたのか?。
残念ながら外れだ。正解は「諦めた」のである。もう飲み水が、半分も残っていない。このまま行軍を続ければ、兵糧が付きて野垂れ死にすることになる。行くも勇気なら、撤退するも勇気である。
「すいません。恰好いいこと言ってしまいました。本当は弱虫でブンブン行けませんでした。ごめんなさい。麻由子ちゃん、許してください」。