虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

東京大学総合研究博物館で珠玉の昆虫標本特別展

 東京大学総合研究博物館で「珠玉の昆虫標本」特別展が開かれています。7月14日~10月14日と、開催期間が長いので、夏休みを狙った一部の昆虫展のように慌てて見に行く必要はありません。できれは平日(月曜は休館なので注意)に落ち着いて観覧したいですね。まさに珠玉の標本ですから。
 しかも、無料ですよ、無料。これは強調しておかないといけません。ただですよ、ただ。また強調してしまいました。
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 最寄り駅は大江戸線と丸の内線の本郷3丁目。丸の内線なら2番出口ですが、大江戸線の4番出口が最高です。涼しい木陰の小道を、東大の古いレンガの壁沿いにほんのちょっと歩いたらもう懐徳門。この門は東大総合研究博物館のためにあるような門ですから、門を入って右を見れば、博物館入口が、昆虫愛好家を飲み込もうと待ち構えています。
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 懐徳門を入ってすぐ右を見ると、通路の奥に東大総合研究博物館の入口が見えます。こんなに目立たないところにある博物館もめずらしい。

 昆虫記者ごときが、東大総合研究博物館の特別展の紹介などしていいものかという、若干のためらいもありますが、すべては昆虫趣味メジャー化のため。きっと許していただけるものと考えます。なにせ、昆虫と頭に付いてはいますが、記者なので、公開前日の記者内覧会に行けちゃったりもするのです。

 「そんなことはどうでもいいから、内容を教えろ」という怒りの声が、どこからか聞こえてきました。

 まずは、さすが東大という感じの秘宝から。
 これはなんと、今から約200年前の江戸時代の昆虫標本。現存する日本最古の昆虫標本と言われています。かなりボロボロではあるものの、貴重なお宝です。
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 旗本で本草学者でもあった武蔵石寿が製作したもので、各昆虫が、不思議な半球形のガラス容器に収められています。

 この日本最古の昆虫標本が発見された経緯がまた、すごい。ガロアムシの発見で有名な仏外交官のガロア氏が、神田の古道具屋で見つけたというのです。今なら、世紀の大発見ということになって、テレビ、新聞で大きく取り上げられ、お宝鑑定団などに持ち込まれたら、とんでもない高値が付くことでしょう。

 ガロア氏は日本で採集したものの多くの本国に持ち帰っていますが、これは日本にとって貴重な宝物になるに違いないと考え日本の施設に寄贈しようと決めたそうです。最終的には昆虫学者で東京帝大農学部教授の佐々木忠次郎氏に寄贈され、東大のコレクションとなっています。
 こんなすごいものを見つけてしまうとは、そしてそれを日本に残してくれるとは、さすがガロアさん。尊敬します。
 日本最古の江戸時代の昆虫標本が、フランスに持ち帰られたら、今頃はパリの自然史博物館あたりの収蔵物になっていたかもしれないのです。

 この標本の中にあるゴミアシナガサシガメは、当時は普通種だったようですが、その後絶滅したと思われていた時期もあったほど、珍しい虫。
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 今でも超珍品扱いです。昔は汲み取り式のトイレが多く、そこにわく蛆虫などを餌に繁栄していたらしく、トイレの近代化とともに、激減したようです。

 ミドリゲンセイはツチハンミョウ科の毒虫で欧州南部や中央アジアにいる緑色に輝くきれいな虫。毒薬、催淫薬として使われた歴史があり、江戸時代には薬の材料として日本に輸入されていたようです。
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 すりつぶすと強力な毒薬「斑猫の粉」となり、暗殺に使われた歴史があります。時代劇にもしばしば登場しますね。
 全く別のハンミョウ科で毒を持たないナミハンミョウの標本が、ミドリゲンセイと隣り合っています。これは、斑猫という名や、その輝きからナミハンミョウミドリゲンセイと同様の種と思われ、毒薬の材料になると誤解されていたことを暗示しています。まさに歴史ですね。

 クロアゲハ、アオスジアゲハ、セミの幼虫(冬虫夏草のようなものが付いています)、タガメ、ギンヤンマが並んでいます。今や全国的に絶滅が危惧されるタガメも、かつてはどこにでもいたのでしょう。
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  面白いのは、ギンヤンマ羽にきれいな模様が描かれていること。江戸時代にはこんな遊びがあったのでしょうか。色々と興味をかきたてられますね。
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 昭和初期の標本の中には、東京で採集されたベッコウトンボとか、今の東京・代々木公園あたりの草原で採集されたオオウラギンヒョウモンとかもあって、びっくりします。
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 昔は東京で普通に見られた虫が、いつの間にか絶滅危惧種になっていたということでしょうか。

 国内有数の収集家、江田茂氏のコレクションは見事です。
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 同氏のコレクションの大半は兵庫県の博物館が所蔵していますが、晩年まで手放さなかったえりすぐりのコレクションが東大の収蔵品となっています。

 今回展示されたブータンシボリアゲハは、2011年に日本・ブータン共同調査隊によって約80年ぶりに再発見されたもの。調査隊が作成した標本が、のちにブータン国王から日本に贈呈されました。
 そして、この一匹は、今回の特別展の企画・総指揮に当たった矢後勝也助教授(理学博士)自身が採集したもので、世界的にも極めて貴重な標本です。
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 2012年、初めて公開された当時に撮影したものです。

 矢後氏が採集したということで、説明する矢後氏も、言葉に熱がこもります。
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 NHKの取材に応じる矢後氏です。矢後さんは、虫記者の友人の昆虫文学少女、新井麻由子ちゃんが頼りにしている先生でもあります。
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 蝶の幼生期研究の大家である五十嵐邁氏の標本では、世界最大の蝶、アレクサンドラ・トリバネアゲハが異彩を放っています。中央にある蛹の標本は、日本ではこれ一体だけしかないそうです。
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 五十嵐氏の最も有名な功績は、珍蝶テングアゲハの幼生期の生態を解明したことです。インドのダージリンでの調査で、幼虫の食樹がキャンベリーモクレンであることを突き止めた際に、当時の日本蝶類学会会長の白水隆氏に打った電報が、採集したテングアゲハの標本とともに展示されています。
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 最初のメスのテングアゲハを捕えた網に記された文字からは、「やったぞー」という興奮が伝わってきますね。こういう、昆虫採集、研究の生々しい歴史が見られるというのも、今回の特別展の特徴と言えるでしょう。
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 五十嵐氏の標本としては、地味な感じながら、非常に貴重なのがオナシカラスアゲハです。
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 矢後氏によれば、右端のメスは日本にはこれ1体しかなく、高級スポーツカーのフェラーリが買えるくらいの値が付いてもおかしくないとのことです。
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 この地味な蝶が、フェラーリと交換できるほどの価値があるとは。

 展示室の中央につるされた裏表とも透明の標本箱は、表と裏を見比べて模様の違いを楽しめるようになっています。

 フクロウチョウの仲間なんて、表は超地味で、裏の目玉模様こそが見どころですね。
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  ミイロタテハは表も裏もきれいです。
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 「こういう展示で虫に囲まれる。そこから知的好奇心とかが生まれてくればいい」と矢後さんは言います。
 そして好奇心が生まれたら、次は実際に生きた虫を身近で探すという段階ですね。

 東大総合研究博物館のいいところは、周辺で虫探しができるという、都会としてはかなり恵まれた環境です。しかも東大のキャンパス内ですから、お子様の教育にとって悪いはずがありません。
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 昆虫展を見て、ついでに自然の中の生きた虫も見つけちゃう、それも東大の中でなんて、なんと素晴らしい体験でしょうか。「僕、私、将来は絶対に東大に入って、虫博士になる」なんて言い出すお子様もいるかもしれませんね。

 三四郎池の周辺など、緑が多く、虫探しの環境としても、お勧めです。
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 まずはコフキコガネ
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セアカツノカメムシです
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ミンミンゼミ
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 なんと、こんなところで、ひさびさにハサミツノカメムシにも出会いました。
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 ベニモンアオリンガの無紋型だと思います。
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 ウスヅマクチバだと思います。地味ながらもおしゃれな模様です。
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そして、美麗なスジベニコケガ。まさか東大で出会えるなんて。なかなかやるぞ、東大。
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 しかし、虫記者が散策を始めたのは、既に夕方。やぶ蚊の群れに襲われながら、三四郎池周辺で虫探しです。ボコボコに食われてしまいました。半袖で、虫よけスプレーもしていなかったので当然の結果ですね。夏の夕暮れでは蚊の天国。献血しまくりで貧血になりそうです。
 
 昆虫展を見た後で、虫探しをする際には、必ず長袖にして、虫除けスプレーをかけましょう。

 今や東大も外国人にとっての観光名所の一つになっているようで、観光バスから、中国人観光客などが、ドッと吐き出されている場面に遭遇するかもしれません。
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 赤門を入ってすぐ左には、土産物屋まであります。
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 土産物屋のすぐ先には、観光客をもてなすために作られたと思われる素敵なカフェテリアもあります。
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 昆虫展を見て、虫探しをして、カフェテリアでくつろいで。観光地としても丸一日楽しめそうな東大です。