虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑦

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑦
3月13日続き
◇船で行けるブンブン・ヨン
ブンブン・タビンの夢破れ、トボトボとロッジへの道を戻る。このままではただの負け犬だ。キャノピーにも行けず、ブンブンにも行けず。
その時ひらめいたのである。たしか、船で近くまで行けるブンブンがあったはずだ。その名はブンブン・ヨン。ヨンまでは3.キロの表示だが、近くまで船で行って、また船で戻ってくれば、あっという間の楽ちん旅だ。どうやって行ったかは、麻由子ちゃんには、適当にごまかしておけばいい。若干後ろめたい気分もあるが、こういう要領の良さもなければ、世の中を渡ってはいけない。
 ホテルのフロントの前方にある船着き場からボートに乗って、わずか20分ほど。ヨンまで最短距離の船着き場(と言っても単に木々が切り払われた泥の広場)に到着。
イメージ 1
 こんなボートで、国立公園内のあちこちに行けます。わざわざ、苦しい思いをして、蒸し暑いジャングルを歩かなくてもいいんです。でも、歩かないと虫撮りのチャンスが減ります。たいていの人は、虫なんかに興味はないので、船で移動します。ちなみに、写真の船に乗っているのは、例の中国系米国人の家族3人です。テンベリン川の上流に向かっているので、先住民の村の観光に行くのだと思われます。

イメージ 2
 ホテル対岸の水上レストランです。暑い昼時は、こういうところで涼しく過ごしたいものですね。

イメージ 3
 でも、昆虫記者が船で送り届けられたところは、こんな何もないジャングルの入口。全然涼しそうではありません。

フッフッフ、今度こそ本当に楽勝だ。事前に得ていた知識では、上陸地点から15分ほど歩けば、ブンブン・ヨンにたどり着けるはずだ。山を制覇し(途中で諦めました)、川を攻略し(船に乗せてもらうだけです)、ブンブンを攻め落とす(徒歩15分です)。これこそがタマンネガラのタマンネー男だ。
一応船頭さんに聞いてみる。「ここからヨンまでどのくらいですか」。すると意外なことに答えは「わしゃ、知らない。お前、地図とか持ってないのか」。
「えーっ、本当に知らないんですか。普通知ってるんじゃないですか。ここをこう行って、あそこをこう曲がって、こんな目印があってとか、至れり尽くせりで教えてくれるものじゃないんですか」。
なんだか不安になってきた。でも1時間あれば、ヨンまで行って、戻ってこられるだろう。船頭に1時間待っていてくれと頼んで、目の前の崖を上り始める。途中いくつか横道があった。しかしヨンまでは、脇道にそれずに、真っすぐに進めばいいはずだ。さらに分かれ道。標識がある。しかし、行き先が書かれた板は、地面に転がっていて用をなさない。
おいおい、スリルと冒険を味わわせるため、わざとやっているのか。
イメージ 4
 分岐点の標識(の名残)。表示板は地面に落ちていた。

イメージ 5

イメージ 6
 標識の近くにいたメタリックグリーンのハンミョウ。「道教え」の別名もありますね。「だったら、ちゃんと道を教えろ!」と怒鳴りたくなります。

◇魔女のたくらみ
 そういえば、事前にタマンネガラについて調べた際には、「道に迷って死ぬような思いをした」といった旅行記がたくさん見つかった。わざと、道を分かりにくくしているのではないかと、勘ぐりたくなる。わざと迷わせ、お菓子のお家にたどり着かせ、太らせてから食ってやろうという魔女のたくらみだろうか。
 いやいや、もっと現実的な策略が隠されているのではないか。迷わせて、死ぬような思いをさせて、それを旅行者がブログなどに書けば、世界中に噂が広まって、やっぱりタマンネガラのトレッキングにはガイドが不可欠という結論になって。そうなれば、ガイドが潤い、地元経済が潤うというわけだ。
 多くの観光案内には、「少し遠くへトレッキングに出かける場合は、必ず地元のガイドを雇うように」と書いてある。「それが、地元のためになる」とも書いてある。自分一人で歩いていいのは、ホテル周辺、4時間以内で歩ける範囲だ。それより遠くのトレイルは、ワイルドライフ・デパートメント(野生生物局)によって、ガイドなしで行くことが禁じられているという。違法行為になってしまうらしい。
 もちろん、実際には、魔女のたくらみも、現実的な策略も何もないのである。恐らく単に資金難で、トレッキングコースの管理が不十分というだけのことだ。
 しかし、この道で本当に正解なのか。ほらまた、Y字路、運命の分かれ道にきたぞ。今度はどちらも同じ程度に整備され、同じ程度に荒れている。さっきまでは、地面を這うホースのようなものが、きっと正規ルートを示しているのだと思っていた。そのホースをたどるなら、右へ行くことになる。しかし、右の道には、行く手を遮るように細い枝が一本、木と木の間に差し渡してある。これは、進入禁止の意味なのか。それともわななのか。
イメージ 7
 運命の分かれ道。これまでたどってきたホースは右の道へ向かっています。でも、右の道には、細い枝が一本、進入禁止サインのように差し渡してあります。

 さんざん迷った挙句、左の道を選択する。すると、何らかの建造物のようなものが、木々の間に見えた。しかし、近づいてみると、それは倒れた巨木の根であった。その根の脇には、比較的新しい感じのゾウの糞。「き、き、危険だ。こっちにはゾウがいるぞ」。ゾウで思い出したが、このジャングルには虎もいる。もう戻った方がいいのではないか。しかし、ここで断念したら、不運でキャノピーに行けず、根性なしでブンブン・タビンにも行けず、臆病者でブンブン・ヨンにすら行けなかった虫撮り仲間の恥さらしになってしまう。
イメージ 8

イメージ 9
 倒れた巨木の根の近くには、ゾウの落とし物と思われるかたまりが。

 あと一歩だけ前へ進もう。歩き続ける限り旅に終わりはない。そんな歌詞もあったではないか。すると、10メートルほど先に。あった。ブンブン・ヨンだ。
イメージ 13
 これがブンブン・ヨンです。ここに泊まる人って、なかなか勇気がありますね。尊敬してしまいます。でも、自分が泊まるのは嫌です。家族で泊まったりしたら、離婚の原因になりそうですね。

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12
 ヨン周辺の素敵なカメムシたちです。

◇ブンブンブン、ハチが飛ぶ
 なるほど。さすがは一泊150円の格安宿。というか、これは廃屋でしょ。もちろん、水道、電気などの公共インフラは何もない。木製の2段ベッドが数組あるが、傾いていて壊れる寸前という状況。壁には大きな裂け目があり、寄りかかったら崩れ落ちるだろう。
イメージ 14
 昆虫記者は腰痛持ちなので、こういう固いベッドでは眠れません。

イメージ 15

イメージ 16

しかし、目を引くものもあった。「オオッ」。ポットン式トイレの壁に何やら、ザクロの実のような美しい形状のオブジェが幾つも設置されているではないか。こんなジャングルの中に芸術を持ち込むとは、やるじゃないかブンブン。
イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19
 なかなに芸術的なオブジェですね。トイレに飾るのはもったいない。しかしどうも、人間が作ったとは思えない怪しさがただよっています。

 しかし、よく見るとそれは、土でできていて、人間以外の生物によって作成されたもののようだ。作者は恐らく…。ハチか。中に蜂がいっぱい住んでいるのか。恐ろしくて、確かめるわけにもいかない。すると、ブオーンブオーン。青い羽を持った巨大なハチが飛んできた。部屋を見回せば、あるある。姿、形もさまざまな見事なハチの巣。うそだろー。部屋中、ハチの巣だらけだ。
イメージ 20
 わがもの顔に振る舞う大きなハチ。どうやらここは人間のテリトリーではないようです。

 「ブンブンブン、ハチが飛ぶ」。なるほど、だからブンブンなのか。ハチたちの楽し気な羽音に囲まれて、動物観察用デッキに出てみる。デッキの下は見晴らしのいい窪地になっている。動物は何もいなかったが、湿った地面には、動物たちの足跡がたくさん刻まれていた。きっと、夜には動物たちでにぎわうのだろう。でも、ここで一夜を過ごそうなどとは思わない。どう見ても、ここは緊急時の避難小屋でしかない。文明人が安楽に過ごす場所ではない。ドアはギシギシ音を立てるばかりで、きちんと閉まりはしない。森の熊さんとか、虎さんとかが、突然訪ねてきても、丁重にお帰り願うこともできないではないか。
イメージ 21
 ぬかるみには動物の足跡がいっぱい。

しかし、公園事務所にちゃんと値段が明記されているから、どうしてもここに泊まりたいという人がいるということだ。金を払ってまで、こんなところに宿泊しようなどと考える者の目的は、一体何なのか。肝試しなのか。
こんなブンブンに泊まるのは、きっと夜行性の猛獣が大好きな変わり者なのだ。猛獣に食われても悔いがないどころか、むしろ、死ぬときは猛獣の餌になりたいと願うような、猛獣愛護主義者の鑑のような者なのだ。そんな冒険は無鉄砲な若者の特権であり、中高年は無理をしてはいけないと、お医者さんもおっしゃっている。
猛獣もまた、若者の柔らかい肉にありつければ嬉しいだろう。加齢臭のする中高年の肉なんて食べたくはないはずだ。
「臆病者!大和魂はないのか」などと非難されても、昆虫記者は全く構わないのだ。日本を代表する美しい虫の「ヤマトタマムシ」は好きだが、「ヤマトダマシイ」はどうでもいいのだ。
イメージ 22

イメージ 23

イメージ 24

イメージ 25

イメージ 26
 本当に姿かたちも様々な、ハチの巣がたくさんあります。さすがブンブン。宿泊施設ではなく、ハチの巣博物館と思えばいいでしょう。

 「とりあえずブンブンには行った。それで十分だ。さあ、帰ろう。ボートが待っている」。すぐさま踵を返し、帰途につく。
 そして、ボートがあるはずの広場に着いた。しかし、ボートはない。見捨てられてしまったのか。「1時間したら戻るから待っててね」と、とびきりの笑顔で頼んだのに、裏切られた。もう夕方。間もなく日が暮れる。置き去りにされたら、あの恐怖のブンブン・ヨンで一夜を明かす以外に選択肢はないのだ。
 すると、遠くから、ブィーンというエンジン音。船頭は少し離れた木陰に船をとめていたのだった。助かった。「マレー人は本当に信頼できる人たちです。疑ってすいませんでした」。