虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑨

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑨
14
◇山登り日和
タマンネガラにはマレー半島最高峰のタハン山(標高2187メートル)がある。本気で山登りする人々は、当然タハン山を目指すのだが、昆虫記者としては、「行きたい人はいけば。私は行きません」というスタンスだ。つらいこと、苦しいことは嫌なのである。
ムティアラからタハン山への往復は、キャンプしながら7日間もかかる苦行だ。山男で7日かかるのなら、昆虫記者ならばその2倍、3倍はかかるだろう。そんなことをしたら、虎の餌食になるかもしれないし、道に迷って野垂れ死にするかもしれない。そういうことは、農耕民族には向いていないのだ。高い山は、遠くから眺めてこそ美しいのだ。富士山に登ったら、あの見事な山容は分からないではないか。
宿の近く(山頂までの距離わずか1・7キロ)の丘のような山、ブキ・テレセクbukit teresek(標高たったの344メートル)から、タハン山を眺めればいいのである。ブキ・テレセクは、高尾山(標高599メートル)と比べても、はるかに低い。
イメージ 1
 ブキ・テレセクの山頂一歩手前の見晴らし台。山頂そのものよりも、広々としていて眺めもいい。

イメージ 2
 ここがブキ・テレセクの頂上。

イメージ 3
 頂上ではしゃぐ、地元マレー人らしきグループ。

もともと、ブキというのはマレー語で、丘の意味である。ちゃんとした山はグヌンと呼ばれているのだ。だからタハン山はグヌン・タハンである。グヌンは頂上を極めなければ気が済まない、山が高ければ高いほど陶酔感に浸れるクライマーズハイの人々に任せておけばいいのだ。昆虫記者は、虫さえいればブキ(丘)でも十分にハイになれる。これを人は虫(チュウ)ハイと呼ぶ。
 
三浦雄一郎氏の叱咤
 だが、ブキ・テレセクまでの道のりでも、そこそこ疲れた。もうタマンネガラ滞在も3日目だ。これまでの疲れもたまっているので、山登りならぬ丘登りでもけっこう苦しいのだ。そして表示がいじわるだ。あと1.2キロという表示があってから、かなり歩いたのに、またあと1.2キロの表示が出てきた。いつまでも1.2キロのままなのか。
 「80歳でエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎氏のことを思い出せ」と自らを叱咤するが、あまりにもスケールが違いすぎて、全然励みにならない。
 でもまあ、ブンブン・タビンを目指した時と違って、上ったり下りたりではなく、ただひたすら上るだけだから、疲労感が少ない。せっかく上ったのに、また下るのかという苦痛がないのである。
 だが、昆虫面ではたいして収穫はない。ハーハーゼーゼー言いながら歩いていると、虫は見つからないものなのだ。たまたま目の前に現れたシロオビモンキアゲハとか、ワモンチョウとか、イナズマチョウとかの仲間を撮れたぐらいが、数少ない収穫だった。
イメージ 4
 シロオビモンキアゲハ

イメージ 5
 たぶんルリワモンチョウ。羽を開くときれいなのだが、とまっている時はまず開くことはない。

イメージ 6
 イナズマチョウの仲間

それでも、タマンネガラに来たからには、山登りぐらいしないことには、何のために来たのか分からない。たとえ、一番低い山であっても、登ることに意義があるのだ。途中、閉鎖されたキャノピーウォークを眺める。悔しさがこみあげてくる。

◇ミツバチの襲撃
 そしてついに、丘の頂上を極めた。日露戦争の激戦地203高地を攻め落としたような気分だ。ここを344高地と名付けよう。
 だが、標高344メートルの頂上で待ち構えていたのはロシア軍の銃撃ではなく、ミツバチの襲撃だった。ブンブンとうるさい。昆虫記者の甘美な汗の香りとか、花のような魅力に引き付けられるのも分からないではないが、刺されたら痛いではないか。いったいどこに巣があるのだろう。頂上で記念撮影をしている人々に次々に襲いかかる。早く帰れと言っているかのようだ。せっかくたどり着いたのに。ゆっくり休憩したいのに。
 虫捕り網を持っていたら、ハチどもを全部捕まえて、佃煮にしてやるのに。結局ハチに追い立てられて、すぐに山を下りることに。また、ハーハーゼーゼーである。これだから、山登りは嫌なのだ。
イメージ 7
 この、縦笛のような変な造形物も、小さなミツバチの巣だという。

イメージ 8
 出入口付近をよく見ると、小さなハチがいる。

 
◇社会性昆虫、シロアリの恐怖
そういえば、山登りの途中、シロアリの大群もいた。恐らくコウグンシロアリの仲間だ。黒いけれど、シロアリなのだ。黒い白アリなので、黒白アリということになる。
木の中に住んで、昼間は出歩かない種類は白っぽいのだが、昼間から行軍しているコウグンシロアリは、太陽光によるダメージを回避するため、メラニン色素があって黒っぽいのだという。地衣類(苔など)を食べるらしい。
こういう小さな生き物がびっしりいるというのは、なぜか恐怖感を引き起こす。人間の原初的な感情に基づくものだろう。きっと、やつらに襲われて、もだえ苦しんで死んでいった祖先がいたのだろう。アー嫌だ嫌だ。隊列を踏みにじってやりたい。しかし、そんなことをしたら、反撃されるに決まっている。体中にまとわりつくシロアリ。そんなことを想像しただけで、鳥肌が立つ。
シロアリもアリと同様に社会性昆虫で、女王を中心に様々な職種の者が集まって、一見立派そうな社会を形成している。コウグンシロアリの場合も、大多数を占める働きシロアリのほかに、兵隊シロアリというのもいて、頭の先に尖った角を付けている。
イメージ 9

イメージ 10
 コウグンシロアリの大群。苔のようなものを運んでいるのもいる。

イメージ 11

イメージ 12
 兵隊シロアリは、たいてい隊列の外側にいて、隊列の移動を見守っている。

昆虫記者はそもそも、社会性昆虫というものが好きではない。「社会性が欠落している」と非難され、「空気が読めない」となじられてきた身としては、昆虫ごときが社会性を持っていると褒めたたえられることが許せないのだ。
きちんと隊列を組んで、一糸乱れず行進していくアリの行動には腹が立つ。子供のころから、遠足では必ず隊列を外れ、虫を探していた昆虫記者は、いつも厳しい園長先生とか、担任の先生とかに叱られ、まじめな女性班長さんに注意されていた。そんなつらい思い出がよみがえるではないか。虫でありながら、社会性を持つなど、おこがましい。虫なら、虫らしく、羽化したら、単純に生を謳歌し、交尾を終えたらいさぎよく一人で死んでいくべきではないのか。

◇社会性を持ったゴキブリ
 それでもまだ、アリ、ハチまでは、ギリギリ我慢できる。アリとキリギリスとか、ミツバチマーヤとか、童話の世界でもなじみがあるから、嫌悪するほどではない。しかし、シロアリが隊列を組んで進んでいる姿は、忍耐の限度を超えている。こんなやつらに社会性があるなどとは、考えるのもおぞましい。
アリとシロアリは、見た目は似ていても、もともとの種が全然違う。アリは完全変態で、シロアリは不完全変態。しかも、アリはハチ目だが、シロアリはゴキブリ目なのだ。社会性を持ったゴキブリの大集団を好きになれと言われても、無理なのである。シロアリよりは、むしろ、社会性のない普通のゴキブリの方が好感が持てる。熱帯のゴキブリは、写真写りのいいのが色々いる。
イメージ 13
 なかなか、かっこいゴキブリ。熱帯のゴキブリは、こうしてぱっぱの上にいるのが多く、好感が持てる。

イメージ 14
 触覚の模様から見て、たぶん上のゴキブリの幼虫ではないかと思われる。

イメージ 15

イメージ 16


◇キノコを生産するシロアリ

初日のナイトウォークでも、シロアリの群れに出会った。恐らくキノコシロアリ系だと思われる。コウグンシロアリより、さらに高度な社会性を持つやつらで、土中の巣内でキノコを栽培して食べるという。そのための菌床となる落ち葉や木片を集めてくる。狩猟、採集中心の縄文時代から、農耕が発達する弥生時代へと、人間と似た進化過程をたどっているように思える。社会に有益なものを何も生産していない昆虫記者と比べれば、尊敬に値するシロアリだという見方も成り立つ。
イメージ 17
 キノコシロアリの隊列。やはり、兵隊シロアリが隊列をガードしている。

イメージ 18
 落ち葉をちぎる働きシロアリ。この落ち葉を巣に持ち込んで菌床にし、食料となるキノコを育てるのだろう。狩猟、採集段階から、農耕へと進化した恐るべき生物だ。
イメージ 19

イメージ 20
 キノコシロアリの兵隊シロアリは、働きシロアリと比べ、格段に体格がよく、頭でっかちだ。牙も大きく、噛まれたら相当に痛いだろう。

しかも、シロアリの社会は、アリの女系社会とは一線を画す男女共同参画社会。ますます腹が立つ。王と女王が、巣内で君臨しており、働きシロアリも雄雌混合部隊。今の日本に求められているという働き方改革にピッタリなのだ。立派すぎて、ますます腹が立ってくるではないか。
このキノコシロアリの兵隊シロアリは、異常に頭が大きい。ズームアップすると、クワガタ虫的だ。たかがシロアリとバカにできない。噛まれたら相当に痛いらしい。血が出るほどだという。シロアリなんぞを昆虫に含めたくはなかったのだが、この兵隊シロアリには若干興味を惹かれる。相手が兵隊なら、こちらも戦闘意欲がわくというものだ。
 
◇毒針を持ったアリに注意
もちろん、タマンネガラにはアリもいる。シロアリよりはましなように思えるが、危険性という点においては、アリの方が厄介だ。マレーシアのアリは、毒針を持っているハリアリの仲間も多いらしく、刺されたらかなり痛いのである。アギトアリなどは、働きアリでも体長が1センチほどあり、大顎を180度開いて獲物を待ち構える姿は、ちょっと迫力がある。噛まれても、さされても痛そうで、なるべくなら出会いたくないアリだ。
「でも、まあ、万が一出会ったら、恐ろしげな形相を写真に撮ってやってもいいかな」くらいに思っていたのだが、実は探すまでもなく、足元にいっぱいいたのである。
タマンネガラの人通りの少ない木道は、彼らの絶好の狩場になっているようで、アギトアリがしょっちゅう往来しているのだ。
顎の内側にある毛に獲物が降れると、この顎がすさまじいスピードで閉じる。まさに生まれながらのハンターだ。
イメージ 21

イメージ 22

イメージ 23
 アギトアリの仲間。いかにも狂暴そうで、穏やかな昆虫記者とは性格が合いそうにない。

◇木の葉裏に巣を作るアリ
アリの巣は全部土の中と思っていると、大間違い。頭上を見上げると、木の葉の裏側に、たくさんの巣がある。腹部が赤いアリが、びっしり。
イメージ 24

イメージ 25
 雨の多い熱帯雨林では、地面よりも、樹上に巣を作った方が、大雨・洪水対策としては、理にかなっているのだろう。でも、「頭の上にこんなアリの巣が落ちてきたら」なんて、考えるのも嫌だ。