虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

サイヨーク、エラワン、泰緬鉄道の虫旅⑦

サイヨーク、エラワン、泰緬鉄道の虫旅⑦
◆戦場にかける橋
 ナムトックへの帰りの列車では、「戦場にかける橋」の英語版ペーバーバックを読む。原作はフランス語だが、フランス語は読めないのだ。それなら日本語にすればいいのに、なぜか格好つけて英語である。
 泰緬鉄道で「戦場にかける橋」を読む昆虫記者。格好いいではないか。なかなか絵になるぞ。誰か気づいてくれないかと周囲を見回すが、誰一人気付く者はいない。だんだん恥ずかしくなってくる。インスタ映えを狙って同じことを考えるやつは多そうだし、あまりにも、薄っぺらな観光客的ではないか。
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 アカデミー作品賞に輝いたデビッド・リーン監督の戦場にかける橋の映画(英米合作)を観た人は多いだろうが、あの映画が撮影されたのは、タイではなくて、スリランカである。スリランカの観光当局にとってはウハウハであるが、タイにとっては、残念。せめてクウェー川の上流の霧に沈むジャングルで撮影したシーンでも含まれていればと思うのだが、まあ映画なんてものは、こんなものだ。ストーリー自体、フィクションだから仕方がない。
 映画の原題は「ザ・ブリッジ・オン・ザ・リバー・クワイ」であり、クワイ川(タイ語の発音ではクウェー川)には、日本軍がかけたその橋が今も架かっている。主題曲のクワイ川マーチとともに、誰もが知る橋である。それだけでも、カンチャナブリの観光には絶大な貢献を果たしている。
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 鉄橋の下をのんびり泳ぐシナガチョウ

 クワイ川マーチは、捕虜たちの口笛が印象的だったが、日本の子供たちの間で流行したというサル・ゴリラ・チンパンジーの替え歌も印象的だ。サル・ゴリラと言えば、戦場にかける橋の原作者であるフランスの小説家、ピエール・ブールは、何と、「猿の惑星(プラネット・オブ・ジ・エイプス)の原作者でもある。そのどちらもが、仏領インドシナで第二次大戦中に日本軍の捕虜となり、収容所生活をおくった体験がもとになっているという。戦場にかける橋と、猿の惑星は、発想の原点が同じだったというのは、意外な発見だ。猿の惑星では、日本帝国軍をサル・ゴリラ・チンパンジーに置き換えたというわけだ。
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 線路脇の電線にはアオショウビンの姿も

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 トンボを捕まえた名前不明のありきたりの野鳥 

◆川の名前も変えてしまった映画の影響力
 映画の影響の大きさは、川の名前にも反映されている。戦場にかける橋の下を流れているのは、もともとはメークローン川であり、少し下流で合流する支流こそがクウェー川だった。映画が有名になり過ぎたため、鉄橋が架かっている川はクウェーヤイ(大クウェー)川に改名され、クウェー川はクウェーノイ(小クウェー)川に格下げされたのだ。もともとの名を奪われた旧クウェー川にとっては悲劇だ。二つの川が合流した先はメークローン川のままである。
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 クウェーヤイ川の風景

 ナムトックへの帰りの列車は、進行方向に向かって左側の席に座らなければならない。でないと、クウェーノイ川の景色や、断崖に張り付くように建設されたタムクラセーの木造橋(日本では依然ここにあったアルヒル駅の名からアルヒルarrow hill桟道橋と呼ばれることが多いが、英語ではこの名はほとんど見かけない)を列車が渡る様子を撮ることができない。戦時中に捕虜らの労働力を使って作られたものだという。切り立った崖の側面を這うように作られた鉄道。今も使われているというのが信じられない。当時は過酷な作業だったに違いない。列車は速度を落とすので、写真は撮りやすい。
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◆次から次へとやってくる物売り
 「列車旅と虫旅。この二つを組み合わせれば、最強の旅になる」。などという話は、聞いたことがない。たいていは、列車旅と取り合わせがいいのは、グルメだろう。そういうテレビ番組は数えきれないくらいある。つまり、一般日本人は、列車とグルメなのである。虫は余計物なのだ。やはり、列車にはグルメである。そして、この列車では、社内販売が盛んだ。弁当、果物、飲み物など、色々と抱えた売り子さんが次々とやってくる。これなら、簡単に低予算のグルメ旅番組が作れる。
 日本の社内販売のように決まった制服を着て、ワゴンを押してくるわけではない。どう見ても普段着だし、手にしているかごもスーパーの買い物かごのようなものだ。「絶対制服がいい、制服じゃないと嫌だ」という、制服好きには申し訳ないが、こういう、一般商人的な物売りもいいものだ。タイ人の普段の生活を垣間見た気分になれる。
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 本当は虫の居そうな駅ごとに下車したいのだが、なにせ1日に3往復しかない列車である。下りてしまったら次がない。
 それに、あまり乗り降りを繰り返していると、忘れ物をする危険が増す。なにしろ、昆虫記者は忘れ物キングである。何度も財布をなくしている。傘をなくすなんて、日常茶飯事だ。帽子、カバンも。だから、財布にはチェーンを付けて、常にズボンと一体化させるようになった。持ち物も、できる限り、体と接続する。

◆スタンドバイミー的虫撮り
 列車は昼すぎにナムトック駅に到着した。平日の列車はここが終点だ。線路は、観光名所のサイヨークノイ滝が近くにある次のナムトックサイヨークノイ駅まで続いているが、そこまで行くのは土日の特別列車だけである。今日は平日。虫を撮りながら、線路を1駅分歩いても、安全上何の問題もないはずである。豊かな自然の中を走る線路は、森の散策路と同じだ。必ず虫がいる。鉄道ファンの血が流れる虫好きにとって、虫と線路は最高の組み合わせではないか。
 線路上は実にのどかだ。西洋人の同好の士のカップルが1組、後からやってきて、昆虫記者を追い抜いていった。たいていの観光客は、「ソンテウ」と呼ばれる小型トラックを改造した乗合タクシーでナムトック駅から滝に向かうが、わずか1キロ余りの距離。歩いて行こうという人もいるのだ。
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 この先は平日は列車が通らないので、歩けないことはないが、お勧めはしない

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  「滝に行くのですか」と尋ねると「これが一番の近道だから」と笑って答えるカップル。何だかとても楽しそうだ。線路沿いに冒険の旅に出る。映画「スタンド・バイ・ミー」の世界である。彼女と一緒にスタンドバイミーなんて、いいなー、うらやましいなー「ソー、ダーリン、ダーリン。スタンド、バイ、ミー」と歌ってみても、昆虫記者の隣にダーリンはいない。枕木の間の草を踏みしめ、虫を撮りつつ、とぼとぼと歩く。「昆虫記者のダーリンは虫だけで十分だ」と強がりながら。
 しかし、ここは、クウェー川鉄橋とは違って、人が歩くことを想定して作られた線路ではない。線路上を歩く者にとって想定外の危険個所もあった。小さな川の上を渡る鉄橋のようなところがあったのだ。線路わきの柵すらなく、ただ、線路が川の上を跨いている。枕木と枕木の間は、何もない。枕木の隙間に落ちたら、そのまま谷底だ。
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 忠告を無視して、線路上を歩くと、こういう危険カ所もある。

 さして深い谷ではないが、落ちたら骨折ぐらいはするだろう。先に行ったカップルがもしや落ちていたりしないか、一応チェックする。映画スタンドバイミーとは違って、死体はころがっていなかった。
 ちょっと怖い道ではあったが、ナムトック・サイヨークまでの近道であることは間違いない。あっという間に到着する。それに、結構虫の姿も多かった。フタオチョウの仲間もいたし、以前カオヤイで出会ったことのある、ピンク地に水玉のハムシもいた。想定外の収穫である。
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 たぶんチビフタオチョウ

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 線路上のハイイロタテハモドキ

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 テントウムシ似のゴミムシダマシの仲間(たぶん)

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 ピンクと黒の水玉模様のハムシ。

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 指乗せしてみた。かなり大型のハムシだ。 


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 イナズマチョウの仲間

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 名前不明のハムシ

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 線路上を歩いていたカメムシ。竹でよく見かけたので、竹が主食かも。

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 カバタテハ

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 カバマダラも線路脇にいた

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 ベニボタルの仲間

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 ヤスデとアリが線路上で喧嘩。列車が来ないので、のどかなシーンが展開される。

 だが、他の人にこの道は決して勧めない。絶対行くなとここに書いておく。だから、万が一、鉄橋から落ちて大けがをする人が出たとしても、絶対に昆虫記者の責任ではない。

 そして、サイヨークノイ滝があるナムトック・サイヨークノイ駅に着いた。
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 ナムトック・サイヨークノイ駅が見えてきた。

 観光客のほとんど、99%は、ナムトック駅で待っているソンテウに乗って、滝までやってくるが、歩いても大したことはないだろう。せいぜい1~2キロだ。もちろん、線路上のスタンドバイミー・コースは危険だから禁止である。ソンテウ代を節約したい人は、正規の道を歩こう。どうしても線路上で虫探しをしたいという人は、ナムトック・サイヨークノイ駅側から、鉄橋までの安全な区間だけを歩くのが良い。

 この滝は写真写りはいいが、幹線道路に面した公園のようになっていて、極めて大衆的である。写真で見る限りでは、まるでジャングルの中に突然現れる幻の滝のようだが、そんなとてつもない期待を抱いてここを訪れると、かなりがっかりするかもしれない。特に乾季にここを訪れたりすると、岩壁にチョロチョロと水が滴るような状態になるらしい。滝が目当てなら、雨季に入る5月以降に来た方がいい。
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 サイヨークノイ滝周辺にもスソビキアゲハがいる。

 サイヨークノイ滝には、ソンテウがたくさん停車しているので、1台つかまえてホテルに戻る。ホテルまでの距離は15キロほど。料金は500バーツだった。ちょっと高いような気もしたが、ホテルで確認したら、適正だという。ホテルからのソンテウも同じ値段だった。