虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

名作「少年の日の思い出」のあのコムラサキが羽化

〇名作「少年の日の思い出」のあのコムラサキが羽化

 コムラサキと聞いて、ムラサキシキブの仲間の植物を思い浮かべる人は、野草や園芸に造詣が深い人でしょう。しかし、虫好きにとってコムラサキは、オオムラサキに少し似た蝶です。しかし、国蝶のオオムラサキと比べると、知名度は格段に低く、大きさでも、美しさでもはるかに劣るので、一般の人々にはほとんど知られていません。

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都内の公園でも見かけるコムラサキ

 ところが、外国文学が好きな人の間では、この蝶は意外に良く知られているのです。ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」に出てくるあの蝶だよね」などと語ると、「昆虫記者さんって、外国文学の知識もあるんですね。すっごーい、カッコイイ、見直しました」なんて、誤解してくれる人がいたらいいなと思います。

 実はこの話は、中学の教科書に載っていることが多いんです。そして、「主人公の少年が、自分の蝶の標本をすべて握りつぶす時の気持ちを書きなさい」なんていう、問題がテストで必ず出題されるのです。

 どうです。思い出しましたか。この主人公が捕まえた珍しい蝶がコムラサキです。小説の中でも重要な役割を担っているので、興味ある人は、「少年の日の思い出」を読み返してみましょう。

 

 前置きが長くなりましたが、今回の探索場所は、コムラサキが多い都区部の公園です。

 

 ここのクヌギの樹液には、たいていいつも、コムラサキの姿があります。キタテハぐらいの大きさで、オスの翅の紫色はオオムラサキほど鮮やかではありません。見逃していまいがちな蝶ですね。写真に撮れば十分で、捕まえようなんて思いません。

 

 でも昆虫記者は幼虫に執着があるのです。食樹はヤナギなので幼虫も簡単に見つかりそうなものですが、実はこれまで巡り会ったことがなかったのです。それが今回、目の前にぶら下がっていたヤナギの枝でついに幼虫を発見したのです。

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このヤナギの枝の先端近くにコムラサキの幼虫がいました。

 どうせいないだろうと思いながら、手のひらで軽く枝をしごいてみると、何やらフニャリとした感覚。おお、これこそはコムラサキ。これまで何百回、ヤナギの枝をしごいてきたことでしょうか。そのたびに、ハムシの糞で手が汚れたり、毒毛虫に刺されたりしてきた思い出がよみがえります。きっと「少年の日の思い出」の主人公も、同じ思いをしてきたに違いないと考えると、感慨もひとしおです。

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柳の葉によく似たコムラサキの幼虫

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 コムラサキの幼虫や蛹は、エノキの餌とするオオムラサキゴマダラチョウ、アカボシゴマダラとよく似ていて、近い仲間でることが分かります。でもコムラサキの植樹はヤナギなので、幼虫の体形はヤナギの葉そっくりで、非常に女性的です。女性の細くてしなやかな美しい腰つきを柳腰と言いますが、コムラサキの幼虫にも、そんな柳腰の魅力が感じられるのです。

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柳腰の魅力、感じていただけたでしょうか。

 終齢幼虫だったので、すぐに蛹になって、羽化しました。残念ながらメスだったようで、翅は茶色。紫色の輝きを見ることはできませんでいた。

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この葉裏で蛹になりました。

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コムラサキの蛹。ゴマダラチョウなどと良く似ています。

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出勤直前に羽化しました。

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メスのコムラサキ。残念、メスなので紫色の輝きがありません。

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カルピス味を付けた指先で食事中のコムラサキ

 しかし、何となく見つけるコツがわかったような気がするので、来年はオスを羽化させたいという野望がわき上がってきます。「少年の日の思い出」の、意地悪なエーミールが隣にいたら、「たかがコムラサキぐらいで、大人が何を興奮しているのか分からない」とさげすまれ、冷たい態度で、「そうか、つまり君はそんなやつなんだな」というあの名台詞を吐かれてしまうことでしょう。