成虫越冬した虫はたいてい、子孫を残したら春から初夏にかけて、色落ちしてボロボロになって、死を迎えます。悲しいですが、それも自然の掟ですね。ところが、成虫越冬した後に、美しいカラフルな姿に変わる掟破りの虫がいます。ホソミオツネントンボです。人間の女性でいえば妖しい美魔女のような存在ですね。でもホソミオツネントンボの場合は、特にオスの青色が鮮やかです。
8月ごろ羽化した新成虫は茶色です。その目立たたない茶色の姿のまま、木々の小枝につかまって冬を越します。そして春を迎えると、茶色の体色が鮮やかな青に変わるのです。劇的ですね。こんな虫は、ほかにいないのではないかと思います。
成虫の寿命は1年ぐらいのようなので、成人した後、老年期、最晩年に入って、美貌に拍車がかかるという、不思議な人生、虫生ですね。寄る年波ともとに近年容姿の劣化が著しい昆虫記者としては、うらやましい限りです。
トンボは特に好みの虫ではないのですが、このホソミオツネントンボにだけは強い思い入れがあるのは、こうした波乱のドラマのせいでしょう。
今回訪れたのは、毎年のように越冬を観察している公園です。ここは森の周囲に田んぼが広がっていて、ホソミオツネントンボにとっては絶好の環境です。森で冬を越した後、水が張られた田んぼで、早苗の中で恋と産卵の季節を迎えるのです。こういう環境、昔は東京でもたくさんあったんだろうなと、つい昔の風景に思いをはせてしまいますね。