虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

嫁入り前の娘とクロタマゾウムシを見つけたいなら桐の木を探せ。アオギリではだめです。

 「若い桐(きり)の木が庭にある家には、嫁入り前の娘がいる」などと言われたのは、江戸時代の話のようです。きっと昔は、ナンパ目的に桐の若木のある家を探し回った男たちがいたことでしょう。

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桐の木と言えばクロタマゾウムシ?

 桐の材は、美しい上に軽くて寸法の狂いも少ないため、日本では箪笥などの家具の材料として重宝されたようです。このため農家に女の子が生まれると、桐の木を植え、その子が嫁入りする際に切り倒して材に変え、嫁入り道具の桐箪笥を作ったのだそうです。桐は成長が早い木なので、女の子が適齢期になる頃には、材木にできるほど立派な木になったのでしょう。庭の桐の木と娘の成長を、両親はどんな気持ちで眺めていたのでしょうか。

 しかしそんな日本の伝統も廃れて、今では近所で桐の木を目にすることはほとんどなくなりました。悲しいですね。でも昆虫記者がなぜ、桐の木が少ないことを嘆くのでしょうか。それはクロタマゾウムシが見られないからです。伝統とか、日本情緒とか全く関係ないです。やっぱり虫です。

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丸まったクロタマゾウムシはイモムシの糞のようにも見える

 クロタマゾウムシは、小さい虫ですが、丸っこくて、コロコロ転がりそうで、なかなか可愛いのです。その上、ゾウムシの仲間では珍しく、幼虫が葉の上にいて、葉の上で眉を作って蛹になるので、全生態が容易に観察できるのです。

 なので、ずっと探していたのですが、なにせ桐の木自体が少ないので、これまでに見かけたのは何年も前の一度だけでした。しかし今年になって、狭山湖周辺で桐の群生を発見、念願かなって大量のクロタマゾウムシに出会うことができました。

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4月下旬に狭山湖周辺の桐にいたクロタマゾウムシ成虫

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5月下旬のクロタマゾウムシ幼虫。桐の葉にたくさん開いた丸い小さな食痕が目印。幼虫の期間は1カ月ほどということになりますね。

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ゾウムシ系の幼虫にはたいてい歩脚がないのに、どうやって葉の上を歩くのか

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クロタマゾウムシ幼虫には腹脚らしきものがあって、その周辺が粘液で覆われていました。これで葉にへばりついてナメクジのように移動するようです。でも移動速度は結構速い。

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幼虫にはちゃんと顔もあります。

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たぶんこの状態が前蛹。周囲のネバネバした幕がそのまま繭になる感じです。

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そして繭ができました。間もなく新成虫が出てきます。

 「桐の木ってそんなに珍しいの。どこの公園にもあるじゃん」と言う人もいるかもしれません。でもそれはたいてい、桐とは全く種類の違うアオギリなのです。アオギリは街路樹として結構人気だった時期があって、都心の公園でもよく見かけますが、アオギリにはクロタマゾウムシはいません。

 公益財団法人・東京都公園管理協会の皆さん、これからはアオギリではなく、日本の伝統にふさわしい本物の桐の木を公園に植えましょう。