「若い桐(きり)の木が庭にある家には、嫁入り前の娘がいる」などと言われたのは、江戸時代の話のようです。きっと昔は、ナンパ目的に桐の若木のある家を探し回った男たちがいたことでしょう。
桐の材は、美しい上に軽くて寸法の狂いも少ないため、日本では箪笥などの家具の材料として重宝されたようです。このため農家に女の子が生まれると、桐の木を植え、その子が嫁入りする際に切り倒して材に変え、嫁入り道具の桐箪笥を作ったのだそうです。桐は成長が早い木なので、女の子が適齢期になる頃には、材木にできるほど立派な木になったのでしょう。庭の桐の木と娘の成長を、両親はどんな気持ちで眺めていたのでしょうか。
しかしそんな日本の伝統も廃れて、今では近所で桐の木を目にすることはほとんどなくなりました。悲しいですね。でも昆虫記者がなぜ、桐の木が少ないことを嘆くのでしょうか。それはクロタマゾウムシが見られないからです。伝統とか、日本情緒とか全く関係ないです。やっぱり虫です。
クロタマゾウムシは、小さい虫ですが、丸っこくて、コロコロ転がりそうで、なかなか可愛いのです。その上、ゾウムシの仲間では珍しく、幼虫が葉の上にいて、葉の上で眉を作って蛹になるので、全生態が容易に観察できるのです。
なので、ずっと探していたのですが、なにせ桐の木自体が少ないので、これまでに見かけたのは何年も前の一度だけでした。しかし今年になって、狭山湖周辺で桐の群生を発見、念願かなって大量のクロタマゾウムシに出会うことができました。
「桐の木ってそんなに珍しいの。どこの公園にもあるじゃん」と言う人もいるかもしれません。でもそれはたいてい、桐とは全く種類の違うアオギリなのです。アオギリは街路樹として結構人気だった時期があって、都心の公園でもよく見かけますが、アオギリにはクロタマゾウムシはいません。
公益財団法人・東京都公園管理協会の皆さん、これからはアオギリではなく、日本の伝統にふさわしい本物の桐の木を公園に植えましょう。