虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑪

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ⑪
 ◇疲労回復にこの一手
  朝だ。ともかく眠い。「タマンネガラ」滞在も既に4日目ともなると、疲れがたまっている。一日のエネルギーの大半を無料の朝食バイキングで摂取しないといけないのに、腹が減ってない。
 「ラジオ体操でもして腹を減らすか。よっこらしょ」とベッドから起き上がるが、途端によろけそうになる。腰骨がバキバキ。そして筋肉がズキズキ。ウウッ。足の筋肉が痛いのは仕方がないとして、なんで腕の筋肉まで痛いんだ。そうか、ロープでの上り下りとかもやったからな。その上、毎日昼の虫撮り、夜の虫撮りの後、一日2回「全手動」で洗濯したからな。最後にギュッと雑巾絞りするのが結構きつい肉体労働だった。
 荷物を減らすため、パンツは使い捨ての紙パンツ(100均一で5枚一組ぐらいで売っています。荷物が減るし、洗濯の手間も省けて便利です。しかも涼しい)。
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 100円で5日分の紙パンツ。使い捨てなので洗濯の手間なし。帰りの荷物にもなりません。

 しかし、上着とズボンは紙というわけにはいかない。3組しかない上着、2組しかないズボンは、毎日洗濯(浴槽があれば、入浴中に中で洗い、なければシャワーを浴びる時に足元で踏みつけながら洗うと手間と時間がはぶけます)しないといけないのだ。
 日増しに運動量が減っていく。だんだん怠惰になる。疲れもあるし、熱帯の気候が人間を怠惰にするようだ。あくせく働いたって仕方ない。疲れもあるし、熱帯の気候が昆虫記者本来の怠け癖を引き出す。必死で働いても誰も褒めてはくれない。やる気の出ない日は、ダラーンと、ベローンとしているのがいい。
「でも虫は見たいしな」。ならば外に出ないといけない。猛暑の中でのジャングルトレッキングはもう嫌だ。ジャングルは暑いから、汗をかく。そうすると、加齢臭も加わって、服は悪臭を放つ。すると、また重労働の洗濯をしないといけない。うーん、何か都合のいい解決策はないものか。
 「そうだこの手があった」。2日目にちょっとだけ行ったタハン川の浅瀬に広がる天然のプール、ルボ・シンポン(LUBOK SIMPON)だ。ロッジからタハン川沿いの平坦な木道をのんびり歩いて、わずか1キロほどの距離だ。一日中あそこにいれば涼しいぞ。サンダルも持ってきているし。ズボンをまくって、水に足を漬けていればいい。
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 ルボ・シンポンは、ホテルから1キロほどでたどり着ける

ジャングルの中は風がないから蒸し暑い。でも、河原は風が吹き抜ける天然のクーラーだ。そして、水辺には、涼を求めて蝶が飛んで来るはずだ。
体力低下が著しい中高年には、過酷な虫撮り労働の合間に、安楽に過ごす一日が絶対に必要だ。気概とか、意気込みとか、そんなものは過去の遺物だ。過労で倒れるようなブラック企業的な虫探しはトレンディーではないのだ。今や働き方改革の時代である。長時間労働是正が叫ばれる時代なのだ。楽してなんぼである。
そうと決まれば、筋肉痛もなんのその。昼の弁当の用意だ。昨日買ったリンゴの皮をむいて。朝食の際に、レストランで紙に包んだナシレマク(ココナツミルクで炊いたご飯とおかず)を作ってもらおう。

◇水の都、ジャングルのベニスでまったり、
 頑張って大量の朝食を腹に詰め込んだら、のんびりと天然プールへ向かう。今日も天気はいい。少し汗をかき始めたころには、もう天然プールに到着してしまった。
なるべく人のいないところまで行って、サンダルに履き替え、ズボンの裾をまくって、ザブザブと水の中へ。ひんやりとして気持ちがいいぞ。「いやー極楽だ」。額の汗がスーッと引いていく。やっぱり、こうでなくっちゃ。炎天下のジャングルウォークなんて最低だ。水辺でのんびりバカンス気分。これでこそ南国の休日だ。
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 たまにバードウォッチャーを乗せたボートがやってくるので注意。

水辺で待っていれば、のどを潤しに蝶がやってくるだろう。ときどきそんな蝶を撮って、また水に浸かって。
そのうち日が高くなって、西洋人カップルの数が増えてくる。昆虫記者のテリトリーにまで水浴びにやってくる。女性はみなビキニ姿だ。男も水着だが、たいていカメラマン役を務めている。なにせ、背景がこの上なく素晴らしい。緑のジャングルを貫く清流。頭上には南国の日差し。ベストシーンで、彼女のベストポーズの写真を撮ろうと、四苦八苦している。彼女をモデルに撮影会。彼女は彼女で、女優かスーパーモデルにでもなった気分なのだろう。勘違いもはなはだしいが、この風景がその気にさせる。
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女性たちは、あれこれとポーズを取る。かなりセクシーなポーズも、こういう大自然の中だと、恥ずかしくないのだろう。さすがに、こういうシーンにはカメラを向けることができなかった。目だけは釘付けだったが。なんなんだここは。グラビア撮影の聖地なのか。

 「虫撮りにきたはずなんだけどな。なんか気が散るな」。目のやり場に困るというか、視線がどうしても、本能的にビキニの方へ吸い寄せられてしまう。これはまずいぞ。さっきカワセミの仲間のキングフィッシャーが飛んできたのに、シャッターチャンスを逃した。きれいな蝶が来た時も、撮り損ねた。
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 ベッコウトンボの仲間。

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 オレンジ色系のジャノメチョウ。アナピタコジャノメだろうか。

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 たぶんエルナシロサカハチシジミ

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河原で撮れたのは、こんな地味系の蝶ばかりだった。シジミはたぶんヤクシマルリシジミ

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シロモンルリマダラ

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 ルリモンジャノメ

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 ビロードタテハのようだが、羽を開かないと意味がない。

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 ウラギンシジミの仲間

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 たぶんクロマダラソテツシジミ。幼虫はソテツ若芽をたべる害虫として有名。関東に進出したこともあり、三浦半島でも大きな被害が出た。

ちなみに、この日の弁当は、朝食の際にレストランで作ってもらったナシレマクだった。やっぱり日本人はパンよりご飯だ。この弁同はエコだ。食べ終わったら、残るのはご飯を包んでいたバナナの葉と紙だけだ。屋台などでも売っているので、是非試してほしい。
でも、目の前で展開される水着ショーのせいで、弁当の味はよく分からなかった。ご飯に混ぜ込まれたおかずが何だったのか、全く記憶にない。「だめだ、だめだ。邪念を振り払わねば」。動物的本能を理性で押さえつけなければならない。虫撮りには、悪魔の誘惑に抵抗する強い意志の力も必要なのだ。
 カップルや家族連れでタマンネガラに来たら、この天然プールは絶対お勧めだ。山登りやトレッキングの合間、1日はここで、のんびりと過ごすのがいい。足を水に漬けていると、小さな魚たちが寄ってくる。水は、ジャングルの落ち葉から染み出したタンニンで、薄い紅茶色なのだが、にごっているわけではない。この色も1億3000万年の森の歴史がしみだしていると思えば感無量である。
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 水は紅茶色。美容効果が高そうだ。

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 足元には小さな魚が群れている。

 そして、水中からは常に水は湧き出しているらしく、あちこちで泡が立ち上っている。きっとミネラルも豊富なのだろう。水に漬かっているだけで、肌がすべすべになってくる。美肌効果が高そうだ。
ただし、虫撮りやバードウォッチングが目的ならば、短時間で切り上げるよう忠告する。次々とやってくる水着の女性のせいで気が散って、虫撮りどころではなくなるからだ。ついつい、カメラがあらぬ方向を向いていたりするのだ。

◇宝石の名を持つ蝶、ホウセキシジミタテハ
いつの間にか日は傾き、日本なら夕焼け小焼けのメロディーが流れる時間になった。結局ルボ・シンポンでの虫の撮影枚数は、異常に少なくなった。こんなことでいいのか。これでは、昆虫記者ではなくて、ただの怠け者のおやじではないか。
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 熱帯の河原の常連、ヤツボシハンミョウ。大型できれいなハンミョウだ。

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 そのほかにも、名もなき地味なハンミョウがたくさんいる。

だが、帰り道には、大きな収穫がちゃんと待っていてくれた。ホウセキ(宝石)シジミタテハだ。これだから虫撮りはやめられない。ずっと以前に一回だけ、同じマレーシアのキャメロンハイランドで出会ったことがあるが、暗い森の中だったので宝石の輝きは今一つだった。その上、羽はボロボロだった。
まともな写真が撮れたのは、今回が初めてと言っていい。しかも、タマンネガラ滞在期間を通じて、ホウセキシジミタテハに遭遇したのは計3回。そのうち2回は撮影に失敗するという、ていたらくだったが、老眼で乱視の昆虫記者が3回も見ることができたのだから、かなりの数が生息していることになる。
その美しさは、まさに森の宝石。今回の旅行代金総額10万円分の美がこの蝶に凝縮されていると言っても過言ではない。
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 宝石の名に恥じないホウセキシジミタテハ。女性を彩る宝石は高価だが、自然を彩る宝石は無料。

あくまでも、旅行代金の元を取りたいというギラギラした執着心が、こういう見事な成果につながるのだ。「旅行なのに元を取ろうなんてゲスの極み」などという批判は、金額を気にせずに買い物や食事ができる富裕層の言葉だ。スーパーで半額商品ばかりを買っている昆虫記者のような生活環境では、たとえ虫撮りでも、元をとることが大切なのである。「これで元をとったぞ」、という満足感が大切なのだ。これで、シンポンでの空白の数時間の埋め合わせはできた。どんなに怠けていても、ちゃんと最後には帳尻を合わせる。これでこそ昆虫記者だ。
 
◇新兵器導入
 モチベーションを高め、維持するためには、小さくとも新たな目標が必要だ。新しい機能のカメラがあれば、いままでと違った写真が撮れる。そこで急きょ購入したのが、カシオのエクシリムfr100。
 モニター部分と、レンズ部分を切り離して使用できるという、ちょっと変わり種のカメラだ。またしても、新兵器に頼る安直な戦略だ。自らの昆虫探索能力に自信がないと、ついつい、新兵器に頼ってしまう。それも仕方のないことだ。人間は弱い生き物なのである。特に昆虫記者は弱い。文明の利器に囲まれていなければ、大自然には立ち向かえないのである。
エクシリムがあればレンズを虫の近くに置き、虫目で自撮りをするという離れ業も可能になる。でも、ほとんどの操作をモニターの液晶画面へのタッチで行うので、スマホタブレットといった若者の世界になかなかなじめないオジサンとしては、非常に使いづらいのである。
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 この状態なら手持ちで自撮りができる。モニターを鏡面反転設定にしておくと使いやすい。

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           モニター部分とレンズ部分を切り離して使えるのが画期的。数メートル離れた場所にレンズ部分を置いて、手元のモニター部分で画像を確認してシャッターを切ることができる。

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 こうして折りたたむと、普通のカメラのようになる。

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 Amazonで1000円ほどで買った、伸び縮み以外に何の機能もない自撮り棒をレンズに取り付けた。これがあると、木の上の虫とか、虫とツーショットの自撮りとかが、簡単にできる。

焦点を合わせるのも、画面タッチ。半押しに慣れ親しんだ旧人類カメラマンは馴染めない。なのにスマホ慣れした人にやってもらうと、いとも簡単にこなすのだ。
「そんなに強くやならくていいの。もっと、サッと。すらっと」と注意された。しかし、こんなことでくじけてはならない。本当に頑張った人だけに許される感動の涙というものがあるのだ。若者の機器をしょぼくれたおやじが使いこなすための、血のにじむような苦労。その先に開かれる輝かしい映像世界。
 ターザンのごとくジャングルを駆け抜ける体力もなく、根性も鉄の意志もない昆虫記者は、虫をだまし討ちにする汚い策略や、秘密兵器に頼るしかないのだ。
 レンズを地面に置いての自撮りは、まずまずかっこいい。足が長く見えるのだ。どこのファッション誌の男性モデルさんなの。と言われそうな恰好よさ。
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 地面にレンズを置いて撮ると、足が長く見える利点がある。

 しかも、レンズを正面から見る必要がないので、斜め前方の獲物を凝視する昆虫ハンター的な写真も撮れる。
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 以前、新宿御苑編で紹介した自撮り棒を使った写真。設定をマクロ、画面タッチによる焦点合わせ、鏡面反転にすると、虫が主役の自撮り写真に便利。

 旅先で知り合った人々との集合写真なんかも、簡単に自撮りできる。知り合った相手が、たまたま金髪美女だったりしたら、夢のツーショットも気軽に撮れる。一体何を考えているのだ。虫撮りの新兵器として導入したカメラではなかったのか。恥を知れ。
 しかし、すべての物は、有効活用しなければ、もったいないという説にも一理ある。だが、画像が妻に発見されて、激怒される恐れは常にある。要はこういったリスクを受け入れる覚悟があるかどうかである。
 「虫撮りに便利な新しいカメラを見つけたんだけど、買ってもいいかな」という、おどおどした提案を、しぶしぶながら承認してくれた妻。そこには、愛と信頼があったはずだ。それが裏切られたと知った時、何が起きるのだろう。
 自撮りをしてみて、気付いたことが一つある。それは、いかに自分が虫撮りの際に、汗まみれ、泥まみれのひどい姿をしているかということだ。服もボロボロ、ヨレヨレだし。
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 レンズを離して置いて撮ったタマンネガラの写真。

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自撮り棒を使って撮ってみた。

 そうなのだ。自撮りするなら、まず身だしなみだったのだ。普段から自撮りしている人には基本中の基本。だが、自撮りなどやったことがない昆虫記者は、撮ってみてびっくりなのだった。