虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

世界の昆虫、絶滅の危機。大量絶滅期は既に始まっている

「世界の昆虫の41%が絶滅の危機。英国の田園地帯の蝶は1976年以降46%減少。ドイツの自然保護区の昆虫が26年間で75%減少。渡りで有名な北米のオオカバマダラは10年間で80%減少」。

 日本だけでなく、世界の昆虫界でも、大変な事態が起きているようですね。現在は地球史上6回目の大量絶滅期という話はよく聞きますが、どうやら、昆虫界も大絶滅に向かっているようで、悲しいです。人間以外の生物種は、地球史的時間軸で見ると、現在すさまじい勢いで減少しています。でも2、3年の変化となると、非常に小さいので、この地球史的大絶滅を気に留める人は、ほとんどいないそうで、そのこと自体が深刻な問題でもあるようです。

 最初に挙げた昆虫減少の警告は、数日前にBS放送で見たCNNニュースで取り上げられた、英国の昆虫学者の報告にあったものです。

 ニュースは短いものだったので、報告書の原文を探してみました。最近の世界各地での様々な調査を分かりやすくまとめてあり、虫好きの人々にとっては非常にためになる、と言うか、非常に危機感を覚える内容でした。

 普段は気楽な虫撮り遊びばかりしている昆虫記者ですが、たまには世のため人のため(と言っても対象は極めて限定的な虫好きの人々だけですが)学術論文の翻訳にも取り組んでみようと思い立ちました。

 すごいぞ、パチパチ(ごく少数の人々の拍手)。

 

 論文の筆者のデーブ・グールソン氏は英サセックス大学の生物学教授で、生態学と昆虫保護、特にマルハナバチの保護を専門にしています。ウィキペディアによれば、2015年に、英国の野生生物専門誌BBCワイルドライフの「50人の自然保護分野のヒーローたち」で8番目に選ばれています。

 

 それでは以下に論文の抄訳を掲載します(かなり長いので、多少の誤訳等はご容赦ください)。

 

 

 

◎昆虫の減少と、それが重要な意味をもつ理由

デーブ・グールソン

◆概要

 過去15年間、われわれは地球上の野生種の個体数を劇的に減らしてきた。かつては普通に見られた生物種の多くが、いまではほとんど見られなくなっている。大型で人を引き付ける動物が目立って注目されてきたが、最近得られた証拠は、昆虫の個体数が1970年以降、50%ないしそれ以上減少している可能性を示している。

これは問題だ。なぜなら、昆虫は生物の食料、植物の授粉役、リサイクルの仲介役などとして極めて重要だからだ。

恐らくもっと恐ろしいのは、私たちのほとんどが、どんな変化が起きているのか気付いていないことだ。1970年代のことを思い出せる人で、自然に興味がある人でさえ、子供の頃にどれだけの蝶やマルハナバチがいたか、正確に思い出すことはできない。

 エコシステムを機能させる上では、これらの数えきれないほどの小さな生き物は、関心の多くを引き付けやすい大型の動物よりも、ずっと重要なのだ。昆虫は、鳥、コウモリ、トカゲ、両生類、魚など、多くのより大きな動物の餌となる。昆虫は、野の花や作物の授粉、害虫駆除、栄養分のリサイクルなどの面でも不可欠の役割を果たしている。

最近の幾つかの化学的報告では、地球規模での昆虫の急激な減少が報告されており、これらは重大な懸念材料となってしかるべきだ。生物量、個体数、あるいは種類数にしても、動物の大半は、昆虫、クモ、ワームなどの無脊椎動物で占められている。

 これらの研究は、一部地域の昆虫が、壊滅的な生息数の崩壊状態に瀕している可能性があることを示唆している。

われわれは、これと同様の昆虫の個体数の減少が英国でも起きているかどうか、確実に知ってはいない。英国のデータで最も信頼できるのは、蝶と蛾に関するものだ。その数は、特に農村部と南部において、広く減少している。英国のハナバチとハナアブもかなり生息域を減らしている。昆虫の減少の原因については、多くの議論があるが、その中に生息環境の喪失、さまざまな殺虫剤に慢性的にさらされていること、気候変動など が含まれることはほぼ間違いない。

 その影響は明白だ。昆虫の減少が食い止めらなければ、地上および淡水中のエコシステムは崩壊し、人間の健康な生活に深刻な影響が及ぶ。

良いニュースは、まだ遅すぎないということだ。今のところ絶滅した昆虫は少ない。そして生息数は休息に回復し得る。

われわれは、緊急にすべての日常的で不必要な殺虫剤の使用をやめ、私たちの庭、町、市街地、郊外地域に、もっと多くの、もっとうまく接合された昆虫に優しい環境を作り出すことで、自然回復のネットワーク構築を開始する必要がある。

共に行動することによってのみ、われわれは昆虫減少の原因に対処でき、減少をストップさせ、逆転させ、昆虫と私たち自身の持続可能な未来を確保することができる。

 この報告は、昆虫の減少に関して入手可能な幾つかの最も信頼できる証拠をまとめ、昆虫の多様性と個体数を回復するために社会のあらゆるレベルで取り得る包括的な一連の行動を提案するものである。

 

◆昆虫の減少:その証拠

 生物多様性の喪失に関する一般大衆の認識は、特にキタシロサイ、あるいはドードーなどの鳥類のような大型の動物の絶滅の事態が中心になっている。しかし、実際には、絶滅したと知られている種の比率は比較的小さい。1500年以降に雑滅した哺乳類は80種、鳥類は182種だけだ。これはそれぞれ、既知の種の1.5%、1.8%に相当する。こうした数値は、表面上は、われわれが現在6度目の大絶滅期に入っているとか、生物多様性の危機に直面しているとかいった認識とは食い違っているようにも見える。しかし、こうした実際の絶滅に関する比較的落ち着いた数字が示唆するよりも、ずっと深刻な影響が野生生物に及んでいることを示す証拠が最近明らかになりつつある。

 

・生物個体数の減少

 大半の生物種は、まだ絶滅してはいないかもしれないが、その個体数は以前と比べて大幅に減少している。世界自然保護基金(WWF)とロンドン動物学会が2018年にまとめたリビング・プラネット報告では、世界の野生脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、哺乳類、鳥類)の総個体数は、1970年から2014年の間に60%減少したと推計されている。

 今生きている人々が記憶している時間の中でも、野生の脊椎動物が半分以下になったのだ。野性生物の個体数に人間が及ぼした影響の大きさを示す例は、イスラエルの科学者らが最近発表した画期的報告に記されている。それによれば、人類の文明が誕生して以来、野生の哺乳類の83%が失われた。

 別の言い方をすれば、野生の哺乳類6匹に当たり5匹が失われた。現在、野性の哺乳類が哺乳類全体の生物量に占める割合は4%に過ぎず、残りのうち60%は家畜、36%は人間だというこの報告の推計も、人間がもたらした影響の大きさを示している。実感を持つのは難しいが、この報告が正しければ、ネズミ、ゾウ、ウサギ、クマ、レミングカリブー、ヌー、クジラなど世界の5000種類の野生の哺乳類すべてを合わせても、その重量は家畜の牛と豚の総重量の15分の1にすぎないことになる。

 また同報告によれば、世界の鳥類の生物量の70%は現在、家禽で占められている。野性の脊椎動物の減少は、しっかりと記録されており、相当な規模だが、もう一つのもっと劇的でさえある変化が静かに進行している可能性が見受けられる。それは、人間の健康的な生活により深刻な影響を及ぼすかもしれない。

 既知の生物種の大部分は無脊椎動物だ。このうち、地上で支配的な存在になっているのは昆虫だ。昆虫に関する調査は、脊椎動物と比べて極めて不十分だ。現在知られている100万種の昆虫の過半数は、その生態、分布、個体数が事実上全く知られていない。われわれが目にするのは、捕獲された場所と日付とともに博物館に展示されている基準標本だけということも多い。

 名前が付けられている100万種の昆虫のほかに、少なくとも未発見の昆虫が400万種いると推定されている。この驚異的な地球上の昆虫の多様性について分類を終えるのは何十年も先になるだろうが、これら昆虫が急速に姿を消している証拠が出てきており、多くの種は、その存在が確認される以前に失われる可能性が大きい。

 

・昆虫種の41%が絶滅の恐れ

 2019年初めに、オーストラリア人の昆虫学者Francisco Sanchez-Bayo氏が、昆虫の減少に関する様々な証拠について行った科学的分析を公表した。彼は、主に欧州と北米における73件の調査を見つけ出したが、それらは、各地域での昆虫種の絶滅が、脊椎動物の8倍の速さで進んでいることを示唆していた。彼の推計によれば、昆虫は毎年2.5%ずつ減少しており、昆虫種の41%が絶滅の危機に瀕している。彼の報告は「われわれは、ベルム紀末(2億5000万年前の大絶滅)以来最大の地球上の絶滅イベントを目撃している」と結論付けている。

 

・クレフェルト昆虫学協会の研究報告

 昆虫の減少について最も大きな話題になった調査報告は、2017年に昆虫学者の組織であるクレフェルト協会が発表したものだ。この調査はマレーズトラップ(Malaise trap)を使って飛翔昆虫を捕獲するもので、1980年代末からドイツ各地の63カ所の自然保護区で行われてきた。マレーズトラップはテントのような構造物で、運悪く飛び込んできた虫を受動的に捕まえる装置だ。ドイツの昆虫学者たちは、1万7000日近くかけて計57キログラムの昆虫を集めた。彼らの報告は、広範な昆虫種を網羅する長期にわたる大規模なデータセットとしては、現存する唯一のものとなっている。その結果、トラップで捕獲できた昆虫の総生物量が、1989年から2014年の26年間で75%減ったことが分かった。

 昆虫の活動がピークとなる真夏に限ると、減少率は82%とさらに著しいものとなった。これら地点の昆虫の生物量が、これほど短い期間に、これほど大幅に減少し得ることは衝撃だった。

 この調査結果は世界中に伝えられ、多くの論議を呼んだ。63の調査地点の中には1年だけしか使われなかった所もあったため、データに信頼性がないと指摘する者もいた。しかし、パターンは極めて明確であり、昆虫の生物量が大幅に減少しているという結論を否定するのは困難だった。われわれはまた、1989年よりもずっと以前から地球に対する人類の影響が生じていたことに留意しなければならない。

レイチェル・カーソンの「Silent Spring(邦題=沈黙の春)が出版されたのは、1989年より27年も前のことだ。この75%の減少は、事実だとすれば、もっとずっと大幅な減少の最後の方の一部分にすぎないのだろうと推察される。殺虫剤と工業化された農業が導入される以前、例えば今から100年前に、どれほど多くの昆虫がいたのかを知ることはできない。

 同様の昆虫生物量の減少が、ほかの所でも起きていたのか、ドイツの自然保護区で何か特別なことが起きていたのかについては、多くの論議があった。しかし、確かなデータはほとんど存在しない。

蝶と蛾についてだけは、1970年以降カリフォルニアや欧州など各地で、広範囲かつ長期間の調査が行われている。これら調査は、全般的な減少パターンを示しているが、ドイツでの調査ほどの劇的な変化を示すものは少ない。その中で最も注目される例は、北米東部でのオオカバマダラの調査だ。同調査では、オオカバマダラの個体数は2016年までの10年間で80%減少した。オオカバマダラは、メキシコの越冬地との間で長距離の渡りをする蝶として有名だ。

 英国では、大型の蛾の個体数が1968年から2007年の間に28%減少した。英国南部では減少幅がより大きく、40%に達した。50%以上の減少を記録した種は、全体の3分の1以上(37%)だった。17種の一般的な草原性の蝶を対象とした欧州全域での調査では、1990年から2011年の間に30%の減少が確認された。

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英国の大型の蛾は40年ほどで28%減少。たまに写真も入れないと読み疲れるので、オオミズアオを入れてみました。

 昆虫の個体数の調査の中で、恐らく世界で最も進んでいるのは、英国の蝶についてだろう。英国の蝶に関しては、バタフライ・モニタリング・スキームの一環として、毎年2500以上の横断的フィールド調査を行って、その数を調べている。これらデータは詳細に分析されており、自然保護の合同委員会は、「広域の田園地帯(wider countryside)」における蝶の個体数は1976年から2017年の間に全体で46%減少したと結論付けた。ただし、キマダラジャノメ、シータテハなどごく一部の種はかなり増えていた。同委員会の推計によれば、生息環境が限定的な蝶は、組織的な保護活動が行われている種が多いにもかかわらず、より減少幅が大きく、77%減になった。

 

・ハナバチの減少

 ハナバチは授粉の仲介役として重要なため、その減少はメディアで大きく扱われてきた。しかし、残念なことに、野生のハナバチの個体数に関する長期的なデータで、蝶に関するデータに比肩するようなものは存在しない。しかし、一部の野生のハナバチ、特にマルハナバチについては、比較的しっかりした調査が行われており、正確な分布図を得ている。われわれはそこから、分布範囲の規模の時系列的な変化状況を把握することができる。

 これらの分布図から、多くの種の地理的生息域の劇的な縮小が明らかになった。種の減少を示す最初の兆候の1つは、生息域の周縁部で姿を消していくことだ。英国では、マルハナバチの仲間23種のうち13種の地理的生息域が、1960年以前と比べて2012には半分以下に縮小した。このうち2種は絶滅に向かっている。

 かつては英国中で見られたセイヨウオオマルハナバチ(great yellow bumblebee)は、今ではスコットランドの極北部と西部でしか見られなくなった。以前は英国南部で多く見られたshrill carder bumblebeeの生息地は、わずか5地点しか残されていない。

ごく最近になって、英国のすべてのハナバチ(マルハナバチだけではない)、およびハナアブの生息域変化のパターンの詳細な分析が完了し、同様のパターンが確認された。どちらの昆虫グループも1980年から2013年の間に減少し、各1平方キロ区分から平均で11種が姿を消した。

全国では1850年以降、花を訪れるハナバチとスズメバチの仲間のうち23種が絶滅した。北米では、過去25年間にマルハナバチの仲間5種が生息域、個体数ともに大幅に減少した。このうちFranklin’s bumblebeeは、世界的に絶滅に向かっている。

 

・昆虫減少による他の動物への影響

 蝿、甲虫、バッタ、スズメバチトビケラ、アワフキムシなど多くの昆虫種に関する系統的な調査は全く行われていないが、昆虫を餌にする鳥の生息数に関しては、しばしば信頼できるデータを目にする。そして、こうした鳥も数を減らしている。北米では、空中で虫を捕まえる鳥類の1966年から2013年の間の減少率が約40%となっており、他の鳥類よりも著しい。

 英国ではムナフヒタキ(spotted flycatcher)の生息数が1967年から2016年の間に93%減となった。かつては普通に見られた他の飛翔昆虫を餌とする鳥類も、同様に減少している。大型の昆虫だけを餌とするセアカモズは、英国では1990年代に絶滅した。

 

◆昆虫減少の理由

何が昆虫の著しい減少の原因なのだろうか。野性のハナバチが減少している理由については、他の昆虫と比べて多くの議論がなされてきた。今も議論は続いているが、大半の科学者は、生息地の喪失、さまざまな殺虫剤に日常的にさらされていること、飼育されるミツバチの間で広がった異国の病気の拡散、気候変動の初期の影響など、人工的ストレスの複合作用が理由との見方を示している。病気の問題は、ほぼハナバチに限定されるが、他の問題はすべての昆虫に影響する。

 

◆なぜ昆虫の減少を心配する必要があるのか

 昆虫に対する見方はさまざまだ。昆虫は美しく、魅力にあふれ、楽しい生き物だと思う人もいる。そういう人々にとっては、昆虫の姿や鳴き声は、春や夏の欠かせない風物詩だ。生態学者、農家、知識豊富な庭師などは、昆虫の果たす役割に価値を見いだすかもしれない。昆虫は、花々の授粉を助け、栄養分をリサイクルし、害虫を駆除し、可愛い鳥たちの餌になるなどの役割を果たしている。その一方で、昆虫が少ないほど好ましいと考える人も多い。昆虫はしばしば、不快感、噛まれたり刺されたりした際の痛み、病原体の媒介などと関連付けられるからだ。

 生態学者や昆虫学者は、一般の人々にとっての昆虫の大きな重要性を十分に説明してこなかったことを深く反省すべきだ。昆虫は既知の生物種の極めて大きな部分を占めており、地上と淡水内の食物網と密接に関連している。昆虫がいなければ、多くの鳥、コウモリ、爬虫類、両生類、小型の哺乳類、魚類は、餌がなくなるため姿を消すだろう。

 すべての植物種のうち87%は、授粉のために動物を必要とするが、その動物の大半は昆虫だ。人間が栽培する作物の約4分の3は、授粉に昆虫を必要とする。その役割は世界全体で、年間2350億~5770億ドルの価値を持つという。金銭的価値はさておいても、授粉の仲介役がいなければ、世界の人口を養うことはできない。

 昆虫の重要性はしばしば、エコシステム上の役割によって説明される。授粉のほかに、テントウ、ハナアブオサムシクサカゲロウなどの昆虫は、害虫駆除などに役立っている。木材を餌とする虫は、枯れ木の栄養分のリサイクルを助ける。トビムシ、シミ、ワラジムシなどの無脊椎動物は落ち葉の分解を助ける。糞虫や蝿がすぐに糞に集まってこなければ、牧場は獣糞の山になる。彼らによってリサイクルされた糞は植物の栄養になる。動物の死骸は、シデムシやウジの餌とならなければ、腐り果てるまで何カ月もかかるだろう。

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糞虫がいなければ牧場は糞の山に。これはゾウの糞を食べるタイの巨大糞虫です。

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シデムシは動物の死骸を処理する「おくりびと」。ヨツボシモンシデムシです。

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日本のきれいな糞虫の代表、オオセンチコガネ

 こうしたエコシステム上の役割は、米国だけでも年間少なくとも570億ドルの価値があるという。

 世界中のロボット工学のエンジニアは、ハナバチが減少し、それに代わるものがすぐに必要になるとの前提で、作物の授粉のためにロボットのハナバチを開発している。これはわれわれが、子供たちのために望む未来だろうか。そこでは子供たちが、頭の上を飛ぶ蝶を見ることがなく、野生の花々はなく、小鳥たちの歌声や虫の羽音の代わりに、授粉用ロボットの単調な機械音が響くのだ。

 そして最後に、人間にとっての利益とは無関係な側面からの議論がある。それは、地球上の人間以外の生物にも、人間と同様に、地球に暮らす権利があるというものだ。地球という惑星で共に生きる者たちの生活を気遣う道徳的な義務が、われわれにはあるのだろうか。

 

◆基準線の変化

 昆虫だけでなく、哺乳類、鳥、魚、爬虫類、両生類も、数十年前より減っている証拠があるが、変化がゆっくりであるため、それを実感することは難しい。科学者らは、「基準線の変化シンドローム」とでも呼ぶべき現象を認識している。それは、われわれはみな、自分が育った世界が、親の世代が育った世界と大きく異なっていたとしても、それを普通の世界と考えるというものだ。

 子供たちの、そのまた子供たちは、現在よりもさらに、昆虫や鳥や花々が少なくなった世界で育つだろう。そして彼らはそれを普通のことだと考える。彼らは、クジャクチョウの羽のきらめきを懐かしく思うことはない。彼らは、美しい生物であふれた熱帯の巨大サンゴ礁というものがかつてこの世に存在したことを学校で習うかもしれないが、それはずっと以前に消滅しており、マンモスや恐竜と同じくらい実感のないものになるだろう。

 過去50年間、われわれは地球上の野生生物の個体数を劇的に減らしてきた。かつては普通に見られた多くの種が、今では希少種になっている。確証はないが、われわれは1970年以降、昆虫の個体数の50%かそれ以上を失ってしまったかもしれない。減少幅はそれよりずっと多いかもしれない。

 おそらくもっと恐ろしいのは、何かが変わったことにわれわれの大半が気付いていない点だ。われわれの基準線がシフトすること、われわれが新たな状況に慣れることは、良い事なのかもしれない。基準線がシフトしなければ、われわれの心は、失ったものへの思いによって引き裂かれるかもしれないからだ。

その一方で、記憶を維持し、喪失感を持ち続けるべきだとの主張もある。変化を記録する自然観察の取り組みはその助けとなる。われわれが、忘れても構わないと考えるなら、将来の世代は、鳥の囀りや蝶の姿やハナバチの羽音がもたらす喜びや驚きを知ることなく、コンクリートと小麦畑ばかりの世界に暮らすことになるだろう。

 

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子供たちが蝶を見る喜びを失うのは悲しい。ナミアゲハの交尾です。

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スジグロシロチョウ♂のレモンのような香りを嗅ぐ女の子

◆力を合わせれば昆虫の減少を逆転させることは可能

昆虫の個体数と多様性の劇的減少に伴うエコシステムの崩壊は、社会が今実際に直面している脅威だ。しかし、それは避けられないものではない。英国での昆虫の減少は、主として生息場所の喪失と、農場や都会の公園などの緑地、家庭の庭などでの殺虫剤の使用によるものだ。

 われわれは、日常的に行われている不必要な殺虫剤散布をやめなければならない。

 政府は、英国内での殺虫剤使用の削減について、強制的な目標を定めなければならない。そしてわれわれは、自宅、公園、庭園、仕事場で、可能な限り殺虫剤や除草剤の使用を控えなければならない。

 われわれは、自然回復のネットワーク構築を開始する必要がある。

われわれは、庭や町や都市や郊外に、より多くの、そしてより良くつながった昆虫フレンドリーな環境を作り出さなければならない。

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 抄訳は以上です。作物の授粉用ロボットの開発が進んでいるなんて、びっくりですね。長いので読んでくれる人は非常に少ないと思いますが、こういう貴重な論文を紹介するのは、昆虫記者の義務ですね。