虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ③

3月12日続き
◇猿軍団の襲撃
しかし、ムティアラ・ホテルには、値段の高さよりはるかに大きく、我慢ならない問題が待ち構えていたのであった。それはサルどもだ。ジャングルのサルの中で、最も人懐っこい、つまり一番やっかいなカニクイザルどもである。
人懐っこいサルは、一見可愛らしい。特に子ザルがじゃれあっていたりすると、都会からやってきたご婦人やお子様たちは「まー、なんて可愛い」とお菓子を分けてやったりする。彼女らはまだ、カニクイザルどもの恐ろしさを何も知らないのである。
観光客に慣れた野生のサルは、人を全く恐れなくなり、やがて人から食べ物を奪い取るようになる。日本の観光地でよく見かけるお馴染みの恐怖の風景である。
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 部屋はすべてコテージ風。広々とした敷地内だけでも、ゆっくり虫撮りができそう。

チェックインを済ませ、戸建てのロッジに落ち着いた昆虫記者は最初、サルの存在に気付かなかった。なかなかいい雰囲気のロッジである。涼しい朝夕には、ベランダのテーブルセットで、優雅にコーヒーなど飲みたくなる。
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コテージ内部。居心地は悪くない。

しかし、ベランダがそんな優雅な空間でないことはすぐに明らかになった。恐怖が襲ってきたのは、ベランダの柱に昆虫記者特製バナバトラップを仕掛けようとした時である。今回のバナナトラップは、ペットボトルを半分に切ったものの中に、つぶしたバナナを入れたもの。その甘い匂いで虫を呼び寄せようというのである。柱にトラップのひもを巻き付けようとした段階で、カサカサと落ち葉を踏みしめる音、バタバタと屋根の上を走る音が聞こえ始めた。ここからはもう、恐怖のカウントダウンである。「3、2、1、0」。
目の前に突然サルの軍団が現れた。10匹ほどはいただろう。いや、本当は5匹ほどで、あまりに高速で動き回るので、10匹に見えたのかもしれない。恐れを知らぬサルどもは、昆虫記者が手にする貴重な研究装置であるバナナトラップに飛びかかり、力づくでもぎとっていったのである。怒りに震える昆虫記者は、こぶしを振り上げ、足を踏み鳴らして、連中を威嚇した。弱虫の昆虫記者もやる時はやるのである。相手はたかがサルである。しかし、それでたじろいだのは、子ザルどもだけだった。ボスらしきサルは、逆に歯をむき出して奇声を上げ、必殺サルパンチを繰り出そうとしてくるではないか。これはもう、逃げるしかない。サルの集団に襲われたら、手足をバラバラに引き裂かれ、肉を食いちぎられるに違いない。ヒチコック監督が「ザ・バーズ(鳥)」でなく、「ザ・モンキーズ(猿)」という映画を撮っていたら、きっとこういう残虐シーンがあっただろうと思われる。
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 サルに占拠されたベランダ。

本当はここで逃げてはいけなかったのだ。こういう弱腰の態度が、サルたちを付け上がらせるのだ。最初は恐る恐る人間の食べ物を盗んでいたサルたちだったが、人がサルを怖がることが分かって、次第にずうずうしくなったのだろう。今度ここに来る時には、スタンガンでも持ってきて、サルたちをこらしめてやらねばならない。だが、そんなことをしたら、きっと動物愛護法違反とかで逮捕され、「極悪非道の昆虫記者、無抵抗の子猿を虐待」とか、三面記事で報道されてしまうのだろう。
「それって完全な誤報です。被害者は昆虫記者の方で、正当防衛なんです」。なんて反論しても、昆虫記者などという胡散臭いやつの主張より、「ひどい目に遭いました。泣き叫んでも許してくれませんでした」などというサル側の主張の方が、大衆の圧倒的支持を集めるに違いないのだ。(注=みなさん、タマンネガラのロッジでは、昼間はベランダで飲食しないようにしましょう。どうしても飲食したい人は、サルと一戦交える覚悟が必要です。でも武器なしでサルと戦っても、勝てる見込みはほとんどありません)。

◇宝石の名を持つ蝶をチラ見
動物が苦手な昆虫記者がサルに歓迎されるわけはない。歓迎してくれるのは、虫たちだけでいいのだ。
最初に昆虫記者のムティアラ到着を歓迎してくれた虫は、オオウスバカミキリの仲間。これはデカい。鳥に襲われたのか、痛手を負っており、それゆえに、飛んで逃げることもできずに、昆虫記者と出くわすことになったようだ。オオウスバとしては、「鳥の次はこいつかよ。なんてついてないんだ今日は」なんて思っていたかもしれないが、オオウスバの気持ちなど知ったことではない。
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 やめろ、手を放せ、このバカ野郎、とか悪態をついているに違いない。

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 おい、こら、いい加減にしろ。

そして、蝶もちらほら。
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                  リュウキュウムラサキ

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                  クロタテハモドキ

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                キミスジ

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               フトアカオビセセリ

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                モリノオナガシジミ

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                フシギノモリノオナガシジミの別名を持つトラフミツオシジミ

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               名前不明の地味なセセリ

何て言っていたら、ドキッとする絶世の美女級の蝶が現れた。宝石の名を持つ蝶、ホウセキシジミタテハだ。
以前キャメロン周辺で見かけたが、久々の再開。タマンネガラでは初対面なので、まずは遠目からあいさつ程度にとどめておこう。
「そ、そ、そんなわけにはいかないでしょ」。これっきり、とわの別れだったらどうするんだ。ここで写真を撮っておかなかったら、一生後悔するぞ。
でも、絶世の美女は、イケメンに程遠い昆虫記者にはつれないもので、すぐに飛び去っていった。
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でも、この後、ホウセキシジミタテハには何度も出会うことになるのである。人生捨てたものではないのである。
 
◇ザ・国立公園
ここで、今回の旅行先であるタマンネガラ国立公園について、少しうんちくを傾けておこう。「タマンネガラ」というのは、国立公園の意味らしい。つまりタマンネガラは、国立公園という名の国立公園。ザ・国立公園なのだ。1930年代に指定されたマレーシアの国立公園第1号であり、その面積は4343平方キロ。東京都の約2倍の広さだ。マレー半島中部に位置し、パハン、クランタン、トレンガヌの3州にまたがる。その名前は日本人の心に響く。音がいいではないか。タマンネー、虫好きには、もう、どうにも、たまんネーと叫びたくなるではないか。
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   ロッジの周りにはイノシシもたくさん出てくるので、怒らせないよう注意したい。
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 世界で最も古い熱帯雨林の一つで、1億3000万年前から、ほとんど姿を変えていないとも言われる。本当はオーストラリア・クインズランド州の熱帯雨林の方が、若干古いらしいが、こういう時、英語の「ワン・オブ・ザの後に最上級」という表現は便利だ。「最も古いものの一つ」という、日本語的にはちょっと違和感のある表現を使えば、ナンバーワンでなくとも、ナンバーワンのように印象付けることが可能なのである。ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なワン・オブ・ザ・最上級なのである。

ムティアラのホームページによれば公園内に鳥は675種、植物は1万種、ほ乳類も200種いるという。昆虫に至っては15万種が生息しているという、とんでもないところである。
だが、これほど広大で由緒ある国立公園でありながら、日本での知名度はあまり高くない。と言うか、ほとんど誰も知らない。「なぜだ」という疑問がわく。恐らく、一般観光客にとって不快、不便、不都合なことがあるのではないか。たとえば、トラがいるとか。いるのである。かなり重要な生息地らしい。90頭前後はいるという説明もあった。しかし、恐れることはない。東京都の倍の面積の森にトラが90頭いたとしても、そう簡単に出会うことはないはずだ。そしてトラがいるということは、それだけ自然が守られているということではないのか。これは、さして不都合な真実ではない。では、もしかすると、もっと不都合なことが隠されているのか。たとえば、サソリがうじゃうじゃいるとか。いるらしいのである。そして、それこそが、今回のメインターゲットなのだ。「昆虫記者、サソリと対決」。かなり格好いいタイトルではないか。ちまたでは、「昆虫記者は憶病者」といううわさが、まことしやかに囁かれているが、今回の旅は、そんな根も葉もない流言飛語を一掃するための旅でもあるのだ。