マレーシア・ジャングル放浪記inタマンネガラ④
3月12日続き
◇サソリとの遭遇確率100%
そして、待ちに待った夜がやってきた。ジャングルの中だから、都会の歓楽街を彩る夜の蝶はいないが、代わりにもっと魅力的で、素敵な毒針を持った夜の蠍(サソリ)がたくさんいるのである。刺されたら、天にも昇る気分になって、本当に天国に行ってしまうかもしれないのだ。
ヤモリが愛を交わす熱い夜がやってきた。しかし、タマンネガラに来たからには、ご当地名物のサソリに会わずに帰るわけにはいかない。抜け目のない昆虫記者は、ムティアラにチェックインした際に即座に、ジャングル・ナイトウォークの予約を入れていた。タマンネガラの夜の主役はサソリ。あとはナナフシなどの一般人にはどうでもいい昆虫である。動物はイノシシやシカぐらいという地味な顔ぶれであることが多いらしいし、全く動物が見つからないということもよくあるという。
こんな説明をすると「わざわざマレーシアのジャングルに来て、ナイトウォークにまで繰り出して、動物が全然見られないなんて、何のために来たのか分からない。サイテー」という声があちこちから聞こえてきそうだ。
タマンネガラでのナイトウォークに関する最近のネット上のコメントは、極めて否定的だ。典型的なのは「ほとんど目当ての動物は見られません。虫ばかりです。虫に興味のない人は参加してもあまり意味がないでしょう」というものだ。そのコメントに昆虫記者は興奮する。「何、虫ばかりだと」。そんな素晴らしいナイトウォークなのか。参加者の様々なブログを見てみると、ほぼ確実に出会えるのはサソリである。これまた、ポイントが高い。
昆虫ではないものの、ムカデ、クモなどと同様に、虫けら扱いされているものの一つであり、社会的には虫けら同然の存在である昆虫記者としては、親近感がわいてくる。「気味悪い虫が多くてゾッとした」などという、ワクワクする素晴らしいコメントの数々も、恐らくは、こうした昆虫でない虫けらのことを言っているだろう。
とっぷりと日が暮れた午後8時半。ムティアラのフロントに集合したナイトウォーク参加者は…。あれれ、また同じ顔触れだ。送迎バスに乗ってきた中国系米国人の家族3人連れである。この3人に、昆虫記者とガイドを加えた5人で、いざ夜のジャングルに突入。
次々と登場するのは、予想通りクモやヤスデといった「気味悪い虫」たち。ナナフシも何匹か姿を見せる。
ゴキブリを捕食中の巨大なクモ。ガイドはハンツマンスパイダーと呼んでいた。
こういうあまり見たくない系の生物が多い。ナイトウォークの評判が良くないのも納得だ。
昆虫記者は中国系家族3人の後ろを歩いていたのだが、家族3人の最後尾を歩く可愛い娘さんが、色々と気を遣ってくれる。写真を撮りやすいように、場所を開けてくれたり、ライトを照らしてくれたり、足元が危険なところでは注意を促してくれたり。やはり、送迎バス乗車の際に、大人の余裕を見せておいたことが、好印象につながったのだろう。非常にいい気分だ。父親に気付かれないよう、さりげない笑顔で親愛の情を示しておく。
昆虫は前評判度通り、蛾とか、ナナフシとかが中心。ガイドも中国系家族も、あまり関心を示さず、さっさと通り過ぎるので、じっくり写真を撮る暇はない。昆虫趣味の悲哀である。
それは、もっと広く、世界中に昆虫愛を伝道していかなければならないということでもある。
オオツバメガ
せっかくの棘ナナフシだぞ。もうちょっと、撮影時間をとってくれ、と言いたいところだが、ガイドはつれない対応だ。
ちょっとカッコイイ大型カミキリを見つけた。ミヤマカミキリとキマダラカミキリを合体させたような感じ。
そして、ついにサソリの登場だ。大きなサソリのいる穴は、ガイドが熟知しており、毎夜必ずそこにサソリが姿を見せるようだ。サソリの側は「またあのガイドが来たか、もううんざりだ」という様子で、穴から顔だけ出して、やる気のなさを見せる。そこでガイドが奥の手。細い棒のようなものを使って、巣穴の前をコソコソと突っつく。これを餌の虫の足音、羽音と勘違いして、サソリが一瞬穴から飛び出してくるのだ。毎回のことながら、やっぱり騙されてしまう単純思考のサソリ。それとも、早く観光客を帰らせるために、騙されたふりをして登場するという高等パフォーマンスなのか。何カ所か巣穴を回ってくれるので、観光客がサソリに出会える確率は、ほぼ100%と思われる。
◇熱い吐息の夜
サソリを見つけると、ガイドが「フラッシュライトを消して」と指示する。真っ暗闇になる。何が起きるのか。隣には中国系家族の娘さん。彼女の熱い吐息(妄想です)を首筋に感じ、ドキドキ感が増す。
そこでガイドが取り出したのは、ブラックライトという秘密兵器だった。最初から怪しい雰囲気のガイドだと思っていたが、やはりブラック、闇社会の人間だったのか。
ブラックライトが点灯され、ぼんやりとした紫色の光を放つ。紫外線に近い光なので、人間の目にはほとんど見えない。こんな弱い光では、何の役にも立たないではないか、と思うのが素人のあさはかさ。
そのぼんやりとした光の先に、青白く光り輝くサソリの姿がくっきりと浮かび上がっていたのだ。何なんだ、この劇的な登場のしかたは。
穴の中から劇的に登場してくるサソリ。ガイドツアーでのサソリ観察の際はフラッシュは原則禁止。通常の懐中電灯も消す。周囲も黒っぽいので、懐中電灯で照らしたり、フラッシュを光らせたりしても、黒いサソリの姿を鮮明に見ることはできない。ブラックライトで光るサソリをフラッシュなしで撮る際には、シャッタースピードがかなり遅くなるので、ぶれないよう、しっかり構える必要がある。狭い木道を幾つものツアーが通るので、三脚は無理。
子供の頃の遊びを思い出す。蛍光塗料を塗ったお化けや骸骨のおもちゃを寝室の天井に貼り付けて、電気を消す。お化け屋敷ごっこだ。真っ暗な部屋の中で、お化けたちだけが青白く光っていて、不思議に興奮したものだ。昔の子供たちの遊びは素朴だったなー。
あのころと同じような興奮が、ジャングルの闇夜の中で展開される。「静かに。動かないで」とガイドが指示する。大きな動物の気配を感じると、サソリはすぐに穴の中に引っ込んでしまうのだ。一度引っ込んだサソリを、ガイドが棒を使って再び穴の外へと誘い出す。
ブラックライトが照らす世界は、ほぼ漆黒の闇。舞台の中で動いているのは、青白く光るサソリだけだ。
暗闇のジャングル、光るサソリ、そして、昆虫記者の隣からは、中国系の娘さんの興奮した荒い息遣いが伝わってくる。闇夜のドラマである。何が起きてもおかしくない、もうどうなってもいい状況である。
しかし、もちろん何も起きず、サソリは観光客へのサービスに飽きると、素早く穴の中へと消えていってしまった。
ただ、この夜のサソリと妄想の記憶は、長く鮮明に残るのであろう。人生の貴重な1ページとして。なーんて、そんなたいしたことじゃないけど。
(ナイトウォークのコースは立派な木道が整備されています。木道の上から生物を観察するので、女性や子供連れでもほとんど危険はありません。安心してご参加下さい。)