虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

虫本・だんまりこおろぎ

 シンガポール赴任時代に、子供のために買ったエリック・カールさんの、虫を主人公にした絵本シリーズ。その中で、私が一番好きなのは、THE VERY QUIET CRIKET、「だんまりこおろぎ」です。
生まれたばかりの小さなコオロギが、色々な虫たちにあいさつしようと、懸命に羽をこすり合わせても、何の音もしない。だんまりこおろぎが出会う虫たちの中には、SPITTLE BUG(アワフキムシの幼虫)なんていう、西洋人にとっては、超マイナーな虫も出てきます。アワフキムシの幼虫の潜む泡は、人が吐いたつば(SPITTLE)のように見えますよね。
虫の知識のない、うちの嫁さんが、アワフキムシの泡をたくさん見つけて、「森の中で、あちこちにつばを吐くなんて、ひどい」と憤慨していたのを思い出します。
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物語の最後の方で、だんまりこおろぎは、夜の闇の中を音も無く飛ぶLUNA MOTH(月の蛾)に出会います。日本ではオオミズアオに相当する蛾ですね。ちなみにオオミズアオの学名にあるアルテミスも月の女神のこと。日本でもこの蛾に魅了されて蛾マニアになったという人が多いようですが、英語圏でも、月の女神のように美しいと思う人がいるのでしょう。
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そして、ルーナーモスが月に向かって飛んでいくと、だんまりこおろぎの目の前に、もう一匹の物静かなコオロギが。そうです。♀の登場です。メルヘンですね。
♂のだんまりこおろぎは、今一度羽をこすり合わせます。すると…。
もう分かりますね。夜の静けさの中で、素敵な音色が響き渡る。それは、物静かな♀コオロギが、それまでに聞いた中で、一番美しい音色でした、というわけです。この本には仕掛けがしてあって、最後のページを開くと、本当にコオロギの鳴き声が聞こえます。ここで、子供は大喜びし、大人は感動して涙する。本当にいい絵本です。

だんまりこおろぎの音色には、できるなら日本一美声のエンマコオロギの声を使いたいですね。でも、エンマコオロギは、見た目がちょっと。
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季節はもう、虫の音の秋を過ぎて、冬。そんなさびしい季節には、マダラチョウが集団越冬する台湾の紫蝶幽谷に出かけてみてはどうでしょう。拙著「昆虫記者のなるほど探訪」では、「海外虫旅行で家庭崩壊の危機」の部、第1話で台湾の「蝶の谷」を紹介しています。
紫蝶幽谷に到着すると、数年前の巨大台風の被害で道はずたずた、河原はがれきの山。こんな状況で、蝶の谷はまだ存在しているのか、不安だらけの旅でした。冒頭部分をちょっとだけ紹介します。

◎台湾「蝶の谷」を行く
=冬は熱帯で虫エネルギー補充=
日本は冬。寒波の到来はおじさん昆虫記者にはつらい。冬越しの虫たちを観察に行く気力もなえてくる。フィールドに出ても、大気中の昆虫濃度は低く、息苦しい。そんな時、奥本大三郎氏の名著「虫の宇宙誌」の一節がふと思い浮かんだ。
「戦前の日本で夏休みの宿題として昆虫採集が広く行われ、昆虫採集の黄金時代の観を呈した頃、日本全国の少年達の黄金境(エル・ドラド)は台湾であった」。そうだ、台湾に行こう。
北回帰線を越えれば、そこは熱帯。高雄県の茂林(マオリン)には、世界的に有名なルリマダラ蝶の集団越冬地「紫蝶幽谷」があったはず。蝶の乱舞を見れば、しばらくはアドレナリンの体内放出が続き、憂鬱な気分も吹き飛ぶはずだ……
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◎取材を終えて
台風の被害はすさまじく、川底の仮設道路を通ってたどり着いた紫蝶幽谷はには観光客は誰一人いませんでした。駐車場の車は自分たちの乗ったタクシー1台だけ。それでも、何千匹ものマダラチョウはここに戻ってきていました。たった一人で蝶の谷を独占。こういう状況を味わうことは2度とできないかもしれません。虫との出会いも一期一会ですね。

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