虫撮る人々

地球は人間の所有物と思ったら大間違い。虫も獣も鳥もいる。昆虫記者の私的ブログです。

カラスウリ① クロウリハムシとトレンチコート

カラスウリ① クロウリハムシとトレンチコート

 「クロウリハムシのトレンチ行動は、よく知られている」。などと語るのは実は虫好きだけだ。
 どんな分野でもマニアにありがちなのが「自分たちにとって当たり前の言葉は、ほかの人たちも知っていて当然」と思い込むこと。普通の人々にはトレンチ行動は、トレンチコートに聞こえる。でも、マニアの心情を気遣って、ちょっと興味のあるふりをして「そのトレンチコートってなんですか」などと尋ねてはいけない。するとマニアは、得意になって、微に入り細にわたって、長々と退屈な説明を始める。
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 8月の炎天下。かじられたカラスウリが負けじと摂食阻害物資を出す。

 例えば、「植物は虫に食べられまいとして、摂食阻害物質を出す。虫は虫で、この摂食阻害物質を避けて植物を食べようとする。虫はまず植物に円形の噛み跡を付ける。そうすると、摂食阻害物質を送り出す管が切断され、円形の中には染み出てこなくなる。この円形の噛み跡を付ける行為をトレンチ行動と呼ぶ。そしてトレンチ行動ののちに、摂食阻害物質に阻害されることなく、円の内側の葉を美味しくいただく。その結果植物には丸い食痕ができる」。

 全然面白くもおかしくもない説明が延々と続くのだが、マニアは非常に嬉しそうな顔なので、聞いている一般人もしかたなく愛想笑いを浮かべる。
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             円を描いている最中のクロウリハムシ。あと一息。

 完璧な円形の食痕、オリンピックの五輪マークのように重なり合う食痕の輪唱。
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   みんなで楽しくサークル(円形)活動

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   円形のトイレの中に糞をするエチケットを心得たクロウリハムシ

 生きのいい葉ならば、クロウリハムシの円形の噛み跡から、ドクドクと毒液をしみ出させる。その毒液は、美し白い円を描いて固まる。こうして、世にも美しいトレンチが完成する。植物と虫の戦いが、芸術を生むのである。
 クロウリハムシは、至る所に存在する見飽きた虫だ。しかし、その食事風景は、見飽きない。より美しい食痕。よりリズミカルな食痕。より破壊的な食痕。風景と、植物と、虫と、虫食い跡の組み合わせは無限にあり、全く同じ場面に出会うことはないのである。