春です。春の妖精とか、春の儚い命とか訳される「スプリグエフェメラル」の季節ですね。今年のスプリングエフェメラル第一弾は、何と蛾です。雌には羽がないフユシャクの仲間なのに、早春に成虫が出現するフチグロトゲエダシャクです。
発生時期が極めて短い上に、生息域が極めて限定され、日本各地で絶滅危惧種扱いになっているので、昆虫記者はこれまで、お目にかかる機会がありませんでした。
今年こそは見に行こうと思っていたのですが、ぐずぐずしている間に、多摩川河川敷の有名な生息地での発生のタイミングを逸してしまいました。3月中旬ともなると、少し北方に行かないと出会いはないかも。
しかし、多摩川以外に既知の場所はないので、思案に暮れていた時、たままた裏山の奇人として知られる昆虫学者の小松貴氏とお会いする機会があって、茨城県某所の生息地を教えてもらいました。
決行日は3月12日の土曜。たかが蛾を見るために、往復4千円以上の交通費を費やしました。
電車とバスを乗り継いで、現場に到着すると、確かに何匹か雄の姿が確認できました。いることは間違いないのですが、交尾のため雄が急降下する場面には遭遇できず、まともな写真1枚も撮れず惨敗の気配が濃厚となりました。
勝負は午前中と言われているので、午後2時過ぎには撮影を断念。とぼとぼとバス停に向かいました。
その時です。車が行き交う道路脇の民家の花壇の上をフラフラと飛ぶフチグロトゲエダシャク雄の姿が目に入ったのは。クルクルと小さな円を描いて、次第に高度を下げる奇妙な飛び方。これこそは小松貴氏が言っていた「雌を見つけた(フェロモンを嗅ぎつけた)際のおかしな飛び方」 に違いありません。
1メートル以内にメスがいる可能性大です。すると案の定、雄が急降下して花壇の柵に止まりました。あわてて近寄ると、そこにはでっぷりと太った雌が。魅力的に腰を振って、雄を誘惑しているではありませんか。
あわててバチバチ写真を撮りました。昆虫記者の背後を車がビュンビュン。歩行者や自転車に乗った人々が次ぐ次に通り過ぎ、不審のまなざしを注ぎます。
花壇所有者の家の中でも、何やら物音が。歩行者は携帯電話を取り出して、通話を始めます。警察に通報しているのかもしれません。
このままでは昆虫記者の人生が「春の儚い命」になりかねないので、泣く泣く撮影を切り上げました。来年はもっと落ち着ける場所でフッチーことフチグロトゲエダシャクのカップルに出会いたいものです。